#469 蹴球論45|2004年 アテネ五輪 アジア最終予選 〜山本マジック〜
以前にワールドユース2003についても紹介しました通り、アテネ世代は自分の同世代であり、非常に思い入れがあって予選を観戦していました。
この世代(1981-1984)は「谷間の世代」と言われており、黄金世代(1979-1980)と比べると落ちると言われていましたが、1985以降の世代がそんな高かったわけでもないので、なぜこのように揶揄されていたのか今考えれば謎でした。
チームを率いていたのは山本昌邦監督。
トルシエジャパン時代もヘッドコーチとして仕えていた実績豊富な漢であり、選手からも絶大なる信頼を受けていた存在です。
アテネ五輪 アジア予選招集メンバー(初期)
2001年ワールドユースに出場した選手が「青木」「石川」「山瀬」「前田」「森崎浩」「黒川」「那須」の7人で、2003ワールドユースに出場した選手が「徳永」「菊池」「今野」「成岡」「坂田」「平山」の6人と、2つの世代が融合されたメンバー編成となりました。
尚、この世代でブイブイ言わせていた阿部勇樹(ジェフ)は怪我、そして大久保嘉人(セレッソ)は例のキャバクラ・セブン事件で干されていました笑
そうして予選はセントラル方式で、「中東ラウンド」「日本ラウンド」のホーム&アウェイ方式で行われました。
中東ラウンド
第1戦|日本 0 △ 0 バーレーン
初戦のバーレーン戦、スタメンはGK林、DFは那須、闘莉王、菊池、MFは今野と鈴木啓太、右が徳永、左が森崎浩、トップ下松井、FWが田中達也と平山。
守備は帰化したてでブイブイ言わせていた闘莉王を軸に、前年マリノスで優勝して大ブレイクした那須。そしてユースでブイブイ言わせていた今野、徳永、菊池もスタメンに抜擢。
右サイドは攻めたいときは石川、守りからの時は徳永と役割分担ができていましたし、大学生ながらスタメン張る徳永は同世代の誇りとして応援していました。
そして今野はこの時期エグかった。キャプテンの啓太と今野で中盤を制圧していました。
攻撃はファンタジスタ松井を中心に、Jでも絶好調だった田中達也、そしてワールドユースを経験してから選手権に出場し、無双していた怪物・平山ですね。
試合は全然覚えてねーっす笑
ただアウェイでドローに持ち込み、勝ち点1をGETしたので及第点でしたね。
第2戦|日本 4 〇 0 レバノン
スタメンは右に石川が入り、右のCBの菊池が外れて徳永がスライドする布陣で挑み、快勝でしたね。
右サイド徳永のクロスを平山が頭で完璧に落とし、田中達が詰めて先制!
そしてその直後、田中達の右からのセンタリングを鈴木啓太!
点を取らない選手だけに珍しいですが、キャプテンのゴールは上がります。
そして後半、田中達のクロスを平山に代わった高松が落ち着いて決めて、
圧巻は後半ロスタイムの石川の左足ミドル!これは絶対とれねー!
ゴールシーンを見ているだけでも気持ちがいい圧勝です。
第3戦|日本 2 〇 0 アラブ首長国連邦
そして今なお語り継がれるこの試合、チームは集団食中毒でボロボロだったようで…
とにかくプレーできそうな11人でスタメンを組んだとのことで、松井に代わって山瀬、右のCBには茂庭が初スタメン。
そして相手のUAEはこのグループで一番強いと言われていて、警戒されていたのはイスマイル・マタル。前年のワールドユースMVPです。
既にグループでは2勝しており、勝ち点6。日本が勝ち点4で追う状態。
で、確かに今見てみると足が止まったり、パスミスしたりで本当にやられてるんだなと思いつつ、耐え忍んで耐え忍んで、後半に田中達が崩して高松が押し込んで先制!
そしてその直後に田中達のミドルをGKがファンブルして追加点!2-0!
引き分けでも良かった相手に勝てて、日本が勝ち点7でグループ首位に。
山本監督も号泣だったようです(from 山本昌邦「指南録」)
この時点では日本7、UAE6,バーレーン4、レバノン0で日本ラウンドへ。
中東ラウンドのMVPは6ゴール中5ゴールにからんだ田中達也で異論ないでしょう。
日本ラウンド
例の集団食中毒や累積警告などもあり、援軍が必要との事で下記メンバーを追加招集。
注目は「美白のロベカル」根本ではなく・・・「和製ベッカム」の阿部勇樹、そして「悪童」大久保嘉人ですね。
第4戦|日本 0 ● 1 バーレーン
日本ラウンド初戦。
この試合は前半早々に闘莉王が負傷交代してしまい、阿部勇樹と交代。
暗雲漂う中、後半にセットプレイから決められて先制を許し、後半起死回生のFKのチャンスで、蹴るのは勿論和製ベッカムこと阿部勇樹。
で、阿部が蹴ったFKが茂庭にあたってブロック笑
この時期終始、茂庭がこの件をイジられてましたね笑
そしてそのまま試合は終わり、日本・UAE・バーレーンが勝ち点7で並ぶカオスな展開に。
で、この試合、何故か嘉人を出さないことで僕ら視聴者の拳も硬くさせた記憶がありますが、これは山本采配ズバリで、
「イエロー貰ってもいいように2試合で爆発させる」
「今日出れなかったフラストレーションを2試合で爆発させる」
という狙いがあったようで、これが次戦、そしてその次で的中します。
第5戦|日本 2 〇 1 レバノン
そして分水嶺のこの一戦、満を持して嘉人がスタメン!
更に松井と前田を2枚並べるという超攻撃的布陣で挑み、開始早々に阿部がビューティフル・フリーキックで先制!流石和製ベッカム!
当時の阿部の直接FKの制度はハンパなかったです、が!
後半、結構ダメなクリアミス(確か近藤)をして、相手に許した(確か)ファーストシュートを決められて1-1に追いつかれる!
アテネに若干暗雲が漂ったその中で、その雲を吹き飛ばしてくれたのは、この男!
大久保嘉人!
前田からのクロスを絶妙なポジショニングで頭で合わせて、起死回生の同点弾!
持っている男は違いますね!
そしてそのまま2-1で逃げ切ったものの、別会場ではバーレーンがUAEを撃破!日本とバーレーンが勝ち点10で並び、UAEが勝ち点7で追うカオスな展開で最終戦へ。
第6戦|日本 3 〇 0 アラブ首長国連邦
UAE戦の条件は絶対勝利。
で、バーレーンはレバノンに勝つとしても、得点差が日本は+6,バーレーンは+2とアドバンテージは日本にありました。
と言いつつもそんな簡単な相手ではないUAE相手に、日本は平山+田中達+大久保という超攻撃的3TOPで挑む押せ押せの布陣。
更には徳永も出て、大久保・平山・徳永と、国見出身の3人がスタメンと言うのも、この時期の国見の強さを物語っていますね。
で、試合は割と早々に動きます。
阿部のFKを、今大会好調!守備の要の那須がヘディングで先制!
更に勢いは止まりません!CKのこぼれ球を大久保が決めて2-0!
後半もFKからのこぼれ球を絶好調・大久保が決めて3-0!
この時点でまぁ硬いところはありましたが、バーレーンがレバノンに引き分け、結果としては日本が勝ち点13で首位、バーレーンが11、UAE7、レバノン2という結果に。
山本采配ズバリ的中ということですが、日本ラウンドのMVPはどう見ても大久保でしょう。
まとめ
最終予選を通して、得点者を見てもこのようにバラけており、
どこからでも点の取れる非常にバランスの良いチームでした。
最終予選のMVPは今野を推す声が多かったですね。
無尽蔵のスタミナとボール奪取力、確かにダイナモでしたね。
完全に当時のレアルにおけるクロード・マケレレ的存在でした。
とにかくそんな感じで激熱の最終予選でした。
そして、本選は半年後行われますが、それはまた別の機会に・・・
(2004年のサッカーは熱かったですね)
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