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第三話「二人の最初の旅路」①

前回のおはなし⇓⇓


「いやー先生! この前はありがとう。おかげでホラ、ひざもこの通り調子が良くてさ。これはお礼のカボチャだから取っといてくれっ」
 そう、早朝から近所の農家の方が家を訪ねてきた。腕にかかえきれないほどの大きな、ずっしりと重いカボチャをいただいてしまい、さてどうするものかと寝ぼけた頭で思案する。
「そうだな……カボチャのシチューになんかしたら、たくさん食べられるかな」
「先生は少し休んで」
 農家の方と入れ替わるようにやってきたアネとモネが、立ち上がりかけた私をぐいっと椅子に引き戻す。リズレと私の様子を気にかけて、顔を出してくれたらしい。
「先生ねぇ、自分じゃ気づいてないかもしんないけど、目の下のクマがヤバいよ」
「そーだよ、クマさんだよっ」
 アネの言葉にのっかるように、モネが「がおー」と身振りでクマの真似をする。そんなにひどい顔をしているのか……とあごをさすると、じょりっといつもより広い範囲にヒゲの感触がした。思わず眉を寄せていると、アネが目の前に湯気の立つ茶を置いてくれる。香ばしい匂いに、心なし肩から力が抜けた。
「せっかくリズレちゃんが目を覚ましたっていうのに、今度は先生が倒れたんじゃどうしようもないだろ。いいから、ここは任せておきな」
「……ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」
 苦笑気味にうなずくと、アネはニッと笑って「任せときな」と拳を握った。
「リズレちゃん、甘いものは好きかい?」
「は……い。あまい……すき、です」
「良かった。じゃあ回復祝いに、カボチャケーキにしようかな」
「やったぁケーキだ!」
 きゃっきゃと楽しそうな女性陣を眺めながら、一口茶をすする。ほうっと、また少し肩から力が抜けた。
 アネやモネも、二日間つきっきりでリズレをていてくれたのに、その疲れも感じさせずに元気だ。リズレも、昨晩まで毒にうなされ寝込んでいたこと、ましてやもうずっと茫然自失の状態だったことが噓のように、アネたちの言葉に頷いたり笑ったりしている。
(一旦、記憶喪失は様子見としておくか……)
 もちろん、いつかは考えないといけない問題だろうが――少なくとも今は、この回復兆候に合わせて身体のケアに注力していく。
(そういえば……手紙はもうそろそろ届いたはずだが)
 ――どれくらい、ぼんやりしていたのだろうか。
 外からトントンと軽い音が聞こえてきたのにハッとして、窓を見る。使いがらすが、テラスの手すりをつついていた。そのくちばしの下に、丸められた羊皮紙が落ちている。
 それを手に取って部屋に戻ると、「どうしたんだい」と焼けたケーキを手にアネがたずねてきた。湯気の立つケーキからは、甘い素朴な香りが漂っている。
むかし馴染なじみに、リズレさんのことで相談してたんです。その返事が来たようで」
「へぇ。こんなへんなところに住んでるのに、先生は顔が広いからねぇ」
 でもまずは座って、とうながされ、手紙を開いて読みたい気持ちを押しとどめながら席につく。リズレは、すんすんと香りをいでいる様子だった。その前に切り分けられたケーキが置かれる。
「さぁ、みんなで食べようか」
「あたし、リズレちゃんに食べさせてあげるっ」
 いただきます、と声をそろえてから、モネが張りきってリズレのケーキを一口大に切り、フォークに刺した。「ありがとう、ございます」とそれを口にした途端、パッとリズレの表情が輝く。
「おいしい?」
「はい……ッ。あまくて……とても、おいしーです……!」
「ははっ。そんな顔をしてもらっちゃ、作ったかいがあるね」
 三人の笑い声を聞きながら、こんななごやかな時間を過ごすのはいつぶりだろうと考える。もしかしたら――リズレと出会う前でさえ、こんな時間はなかなか持てていなかったかもしれない。
 一口ケーキを頰張ると、なめらかな生地きじと、どこかなつかしいような甘味が口の中に広がった。

***

『エルフの身体をられるなんて久しぶりだ。面白そうだからいじってみたい。あとカネくれ、金。貯め込んでるだろ』
 友人からの手紙には、ざっくりとそのようなことが書いてあった。全く口の悪いひとだが、診てもらえるならそれに越したことはない。
「なんだ、また出かけるのかい。忙しいねぇ」
 食後のお茶とおしゃべりを楽しんでいるリズレたちから離れ、奥でさっそく旅立つための準備をしていると、アネがひょいとのぞき込んできた。
「はい。腕の良い医者ですし、リズレさんの手足の状態を思えば早めに診せた方が良いと思いまして。北へ離れた場所なので、着くまでにいくらか時間もかかりますし」
「へぇ。北ってことは、もう防寒具が必要なんじゃないかい? うちに冬の間に着る用のが――」
「あ、いえ。今回は大丈夫です。ありがとうございます」
 アネの申し出をあわてて断る。冬物は布地が厚い分、高価だ。自分の患者のことで、そうなんでもかんでも頼るわけにはいかない。
「でも、今着てる服じゃリズレちゃんだって寒いだろう?」
「問題ありません」
 あらかじめ考えていたことであるので、私はハッキリとそう頷いた。
「防寒具なら、私の予備があるので」

「――あ、あの……ちょと……あつい、です……」
 そう、たどたどしく言うリズレの姿を見て、思わずショックを受ける。私が昔着ていた防寒具を着たリズレは、なんというか……ひどくブカブカで、簡単に言うと全くサイズが合っていなかった。
「問題大ありだろ」
「でしょー」
 アネとモネの冷たい視線にさらされ、私はぐっと胸を押さえる。
「年季は入っていますが丁寧ていねいつくろっているつもりでしたし、なんとかいけるかと思ったのですが……」
「そこじゃないだろ。先生が倹約家なのは知ってるけど、リズレちゃんを巻き込むんじゃないよ」
「はい……反省しています」
 あまりにも当然すぎる指摘に、思わず膝をつく。黒曜こくようグモの牙より鋭い論調だ。
「反省ついでに、街で服を見繕ってあげな」
「わ……たし、は。えっと……これ、でも」
「わーっ、リズレちゃんに似合う可愛いお洋服を選んでね、先生!」
 おずおずとつぶやくリズレの口をふさぐ二人に、私は「はい……」とおとなしく従った。

 街への買い出しは、一人で向かった。リズレの姿は目立つし、なにより背負しょいの件がある。馬を集落の人に借り、いつもよりも早く街に着くことができた。
 最初に向かったのは、くだんの質屋だった。主人は私を見ると「おお」と親しげに手を上げた。
「あんたか! どう? あのエルフは。薬に使えた?」
 相変わらず無邪気な言葉に、「いえ、ちょっと」と首を左右に振る。
「残念ながら……他のくすに引き渡しました。私では、有効に使いきれなくて」
 主人は頷くと、「まぁ無駄になんないのが一番さ」などと言って笑った。
 私は曖昧あいまいに頷いて借りていた背負子を返すと、代わりにもう少し丈夫で幅の広い背負子を買い直し、店を後にした。もう、この店に来ることはないだろう。
「さて……大仕事はこれから、か」
 呟き、覚悟を決める。ふっと強く息吹いぶきを吐いて気合いを入れると、私はそのまま女性向けの衣料品店に入った。


次回、第三話「二人の最初の旅路」②⇓⇓
11月23日(土)公開