第五話「リズレの決意」②
前回のおはなし⇓⇓
アダムスカの極魔法は、誤診断なしの規格外の力だ。私自身、その力により過去助けられた。幼い頃に私を拾ってくれた恩人と、そしてその友人であった彼のおかげで、今の私があると言ってもいい。
だから、アダムスカの診察は信頼しているが。
(自分が何もできないというのは……なんとも、落ち着かないものだな)
手錠で繫がれ、天井を見ているしかない自分の歯痒さ。それも、判断を誤ってリズレを危険な目に遭わせた罰だとすれば、仕方がないのかもしれない。
やがて、欠伸をしながらアダムスカが戻ってきた。
「あの、リズレさんは……」
「向こうでまだ眠っている。一気に魔力を放出したことで、疲れきってるんだな。まぁ、間もなく目を覚ますだろうさ。会ったら、礼を言うんだな。彼女のおかげで、ゴーシュは貴様らを見つけることができたんだ」
「そうでしたか……」
彼女を助けるつもりで来た旅路だったが、逆に助けられてしまった。だが、それだけのことができるほどに、リズレが回復していることは喜ばしくもある。
「詳しい話は食事をしながらにしよう。ゴーシュの料理はなかなかいけるぞ。文字通り、料理人の腕を持っているからな」
主人と同じくツギハギだらけの身体をしたゴーシュの腕を軽く叩きながら、アダムスカが言う。
「あの……それはいいんですが。そろそろ、外してもらえませんか?」
じゃらりと音を立てる手錠に、「おっと忘れていた」とアダムスカは嘯いた。
料理は確かに美味しかった。手製のパンに肉料理、スープ、サラダ……品数も多く、一品一品手が込んでいる。薬品臭の漂っていた室内は、あっという間に食欲をかき立てられる香ばしさで満ちた。リズレに食べさせてあげたら喜ぶかなと、思わずステーキを見つめてしまう。
「なかなか興味深い状態だったよ」
自身の口の大きさに合わせ、小さくステーキを切り分けながら、アダムスカは上機嫌に言った。
「肌や内臓の損傷は、自然治癒していくだろう。貴様の処置も悪くなかった」
「それは……安心しました」
最近の様子を見ていると、確かにそのあたりは心配もあまりないだろうとは感じていた。が、信頼する医師からお墨付きをもらえるのは心強い。
とはいえ、本題はここからだ。
「肝心の目と四肢はァ」
「……はい」
「まず右目はだな、視覚を魔力が故意に遮断している。対して左目は……眼球があっても、もう神経とは繫がらんだろう」
「そうですか……」
故意に遮断――それは、きっと己の身と心を守るための、防衛反応だったのだろう。恐ろしいものを、それ以上見ないで済むように。
「そして手足だが、こちらは外傷ではなく腐食の呪いと感染症が併せて絶賛進行中。おまえが手紙で書いた通り、進行はかなり緩やかだがな。単に、エルフの特殊な代謝構造の恩恵を受けているだけだろう。遅延はさせても、止めることまではできない」
「……治すことは」
「おまえも分かるだろう? 腐食した部分は、もうどうにもならん。それこそ、新しい部位でもなければな」
アダムスカはそう言うと、手元のグラスをくいっと傾けた。赤い液体が、グラスの中で静かに揺れる。紫色の瞳がこちらを向き――はっきりと告げてくる。
「放っておけば、命に関わる。……まァ、四本とも、ここで切除っていくしかないだろうな」
***
出会った頃から、壊疽を起こしていたリズレの手足。切除に踏みきれなかった私は、知らず知らずに彼女の命を危険に晒していた――。
「……失礼します」
リズレが目を覚ましたと聞いた私は、彼女の部屋を訪れた。寝台に横たわったままの彼女は、私の声を聞くなり「ぶじで、よかった……」と微笑んだ。
その横に置かれた椅子を引き、腰を降ろす。やや小ぶりなイスは、ギッと小さく悲鳴を上げた。
「ありがとうございます。リズレさんのおかげです」
「そんな。わたし……むちゅうで、なにをできたのか」
「あの救難信号の首飾りで、助けを呼んでくださったんです。だから今、こうして二人とも無事でいられるんですよ。すみません――私の判断ミスで、危険に晒してしまって……」
言いながら、言葉が重く自分の腹にのしかかる。判断ミス。なんだか、そればかりだ。
雪山でも……その前からも、ずっと。それなのに、なにもできない自分へのもどかしさ……これはもう、怒りに近い。無能な、自分への。
「……あの。くすりうり、さん。どうか……しまし、たか?」
黙り込んでしまったからか、それともなにかを感じ取ったのか。リズレが訊ねてきた声には、心配の色が滲んでいた。
「……っその。リズレさんのことを、ここの主である友人に、診察してもらったのですが」
「はい」
「……その。手足の状態が、私の見立てより……芳しくなく。このまま放置していては、貴女の命を奪いかねないということで。なので……」
一瞬、言葉に詰まる。それを、声に出して言いたくない――伝えないで済むなら、どれだけ良いだろうと。そう、思い悩んでしまう。
だが。
「ここで、切断していくしかない……という、状況なんです」
できるだけはっきりと、そう告げた。アダムスカに、その役目を譲るわけにはいかなかった。ここまでリズレを診てきたのは、私であって。責任を負うべきもまた、私なのだから。
「アダムさん……医者の腕は確かで、誤診の可能性は限りなく低いと思われます。また、切断後、リズレさんに適合しそうな手足を探してみてくれるとのことですが……実際に四肢全てが見つかる可能性は低いでしょう。施術には、私も同席するつもりではありますが」
その目を見るのが怖かった。自分の発言が今、どれだけ彼女を不安にさせているのか……絶望させているのか。それを確認するのが、怖い。
例え、現状動かせないとしても。今ある手足の全てを失うのだ――それを恐れない者が、いるだろか。
「すみません、リズレさん。私では力及ばず……」
「……くすり、うりさん」
ぽつりと呼ばれ、わたしは視線をリズレの顔に戻した。
リズレの目元には、涙が溢れていた。見えない目は真っ直ぐこちらを向いており、その口元は――気丈にも、微笑みを浮かべている。
まるで、不甲斐ない私を励ますように。
「だい……じょうぶです。わたしは……くすりうりさんを――しんじてます」
「……っ」
真っ直ぐな言葉を。私は、受け止め損ねないよう必死に搔き抱く気持ちだった。
リズレの肩が震えている。当然だ、怖いに決まっている。顔も知らない相手から、こんな過酷な状況を聞かされて……それなのに、リズレは真っ直ぐに受け入れていた。
「おいしゃ、さんのことは……まだ、わからないです……けど。くすりうりさんの、やさしさや……おくすりの、すごさは。わたし、よくしってま……から。しゅじゅつ……いっしょ、なら、あんしんです」
「……ありがとうございます」
私は頭を下げた。他にもいろいろな言葉が頭を巡ったが、一番言いたいと感じたのはその言葉だった。リズレの、心根の強さに。
そして震えるその肩を、トンと支える。
ここまで信じてもらう以上、私も覚悟を決めなくてはいけない。
「リズレさん」
「……はい」
手術の結果、どうなるか。それは当日まで分からない。
だが、私がやることは決まっている。結果がどうであろうと、この人のために全力を尽くすということだ。
「一緒に……頑張りましょう」
告げた言葉に、リズレは「はい」と頷いてくれた。
その肩は、もう震えてはいなかった。
次回、第五話「リズレの決意」③⇓⇓
12月6日(金)公開