競馬ざわざわ

世界の競馬ファンがざわざわしている 【おそらく聞いたことがない話】

今年、世界の競馬ファンがざわざわしているのをご存じだろうか。ある1頭の馬と、その子どもたちについて、である。

ディープインパクト。名前を聞いたことのある方もいらっしゃるだろう。生涯成績14戦12勝。獲得賞金約14億5000万円。サラブレッドの世界ランキングで年間1位を獲得したこともある。コンビを組んだ武豊騎手は、その乗り心地を、「走っているというよりも、飛んでいるような感覚」と語った。日本産の馬として歴代最強クラスの馬だ。

こういう馬は、自身の走りもさることながら、引退後、優秀な能力を子孫に伝える、という役目を与えられる。ディープインパクトもまた、現役を退いたのち、大きな期待を背負って、北海道の生産牧場にて種牡馬生活を送ることとなった。

【父としても大成功】

その子どもたちがデビューしたのが、2010年のこと。ディープインパクトは、当然のように活躍馬を多数排出した。2012年から2017年まで6年連続で種牡馬獲得賞金トップ。日本競馬のなかで最もグレードの高いレース、日本ダービーに勝利した子どもが3頭もいる。父親としても大成功したわけだ。

今年の日本ダービーは、5月27日に開催される。やはりというか、ディープインパクトの子であるダノンプレミアムという馬が最有力、との前評判。そのほかにも数頭のディープインパクト産駒が出走を予定していて、層の厚さも他の種牡馬を凌駕している。

…と、ここまでだったら競馬ファンは驚かない。ディープインパクト産駒の活躍なんて、すでに当たり前のことで、もう飽き飽きしているくらいなのだから。しかし今年は特別にすごいのだ。いま、ディープインパクトの子どもで、ダノンプレミアム以上に評判になっている馬がいる。しかし、その馬は日本ダービーには出ない。なんでか。ダービーはダービーでも、日本ダービーではなく、競馬発祥の地、イギリスのダービーに出走するのだ

【「ダービー」という名前の由来】

ところで、「ダービー」というレース名は、もともとイギリスのダービー伯爵エドワード・スミス=スタンリーという人の名前からとったものだ。この人が3歳の若駒のチャンピオンを決めるレースを作って、それに自分の名前をつけた。1780年に創設された英ダービーは、200年をゆうに超える歴史を持つ伝統の一戦。1780年といえば、日本はまだ江戸時代だ。そして、イギリスに遅れて競馬をはじめた諸外国は、こぞって「ダービー」の名前を冠したレースを自国で開催した。日本ダービーも、英ダービーの日本版として作られたのだ。

ダービーを勝つのは競馬関係者にとって最大の栄誉。そのなかでも、英ダービーは本家本元。ディープインパクトは、今年、日本ダービーだけでなく、そのイギリスのダービーにも自分の子どもを送り出す

【英ダービー出走予定のディープインパクト産駒】

イギリスのダービーに出走するディープインパクト産駒は、名前をSaxon Warrior(サクソンウォリアー)という。2015年に北海道で誕生したこの馬は、すぐにアイルランドへと渡り、かの地でデビュー。これまでの成績は4戦無敗。英ダービーの前哨戦、英2000ギニーを優勝しており、脇役としての出走ではない。堂々の主役である。

もし、ダノンプレミアム、または他の産駒が日本ダービーを勝ち、Saxon Warriorが英ダービーに優勝すれば、その父であるディープインパクトは、同じ年に、ふたつの国のダービーを制することになる。実現すればすごいことだ。しかし、これだけでも競馬ファンがざわざわしているのに、ディープインパクトはその一歩上を行っている。なんと、フランスのダービーにも、ディープインパクトの子どもが出走する予定なのだ

【驚愕の各国ダービー制覇へ】

5月8日、仏ダービーの前哨戦と位置付けられているレース、グレフュール賞が行われ、ディープインパクト産駒のStudy Of Man(スタディオブマン)が優勝。一気に仏ダービーの有力馬へとのしあがった。Study Of Manは、ディープインパクトの子を身ごもった牝馬がアイルランドに輸出され、そこで生まれた馬。つまり日本の土をいちども踏んだことのない、外国生まれのディープインパクト産駒である。

日、英、仏の各国ダービーに産駒を同時出し。しかも日、英に関しては、一番人気候補の馬を、だ。これだけでも驚きだが、ひょっとしたら、この3つのダービーをすべてディープインパクトの子が勝ってしまうかもしれない。

【欧州の大種牡馬の後継争いが始まっている】

これは日本競馬だけでなく、欧州の競馬界にとって、大きな話題となっている。それはなぜか。ヨーロッパには、ディープインパクトをしのぐ種牡馬がいる。Galileo(ガリレオ)。本拠地であるイギリス・アイルランドの首位種牡馬に7年連続で君臨しているほか、他のヨーロッパ各国のランキングの上位にも顔を出す、歴史的な名種牡馬だ

しかし、20歳という高齢にさしかかり、その後継が模索されるべき時期が来ている。Galileo自身の子どもたちも続々と種牡馬となっているが、どの馬がGalileoの後を継ぐのか、はっきりしない状況である。Galileoの生んだ最高傑作、生涯成績14戦無敗のFrankel(フランケル)が筆頭とされているが、まだ父のような絶対的なポジションを確立しているとは言い難い。Galileoの衰えが始まるはずの数年後には、Galileoの子どもたちや、その他あまたの種牡馬が覇権をかけて競う時代が確実に訪れる。

【ディープインパクトの血が欧州の次代を担えるか】

じつは、それを見越したヨーロッパの生産者たちは、ディープインパクトをGalileoの後継候補の一頭に数えている。Saxon WarriorやStudy Of Manが日本で走らず、ヨーロッパに輸出されているのも、ディープインパクトの血が、ひょっとしたらGalileoの築いた大帝国を切り崩せるかもしれない、という期待を受けてのものなのだ。

このタイミングで、ディープインパクト産駒がイギリス、フランスの大レースで実績を残すようなことがあれば、近い将来、ディープインパクトの子や、Saxon Warrior、Study Of Manの子、つまりディープインパクトの孫が、欧州の舞台でGalileoの子孫たちと真っ向からぶつかる時代が来るかもしれない

持続するスピードとパワーでぐいぐい押す競馬を得意とするGalileo系サラブレッドと、軽快さと瞬間の切れ味が最大の武器であるディープインパクト系サラブレッド。異なる特質をもつふたつの血がどのような勝負をみせるかも興味深いところ。

5月27日の日本ダービーにはじまり、英ダービーが6月2日、仏ダービーが6月3日に開催される。未来の欧州の覇権を占う戦いの連続。もうすぐ、競馬ファンとして、ぜったいに目が離せない初夏がくる


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