芍薬になれなくたって
花屋をしていると、お客さんによく尋ねられることがある。
「いちばんすきなお花ってなんですか?」
「いちばんすきな花かぁ。いちばんかぁ…え、なんだろうなぁ全部すきだからなぁ…う~ん…う~ん…」
と、もじもじ考え込んでしまう。
わたしは言葉を発するまでも、喋るのもゆっくりらしい。(オタク分野であれば超早口のオタク喋りで喋るのだが)
"あまりわかりにくい花を答えても、相手がわからなくて話終わっちゃうしなぁ。すきな品種もいろいろあるしなぁ。それに季節によってコロコロ変わるんだよなぁ。でも春ならコレ、夏ならコレ、とか長々と誰も興味の無いこと喋っても無粋な気がするしなぁ。"
なんてことを
つらつらと1人脳内で浮かべては打ち消して、を繰り返している。
正直なところいちばんなんて簡単に決められない!ため、返答に困るというのが本音である。
とりあえず上記のような質問があった際にはこう答えるようにしている。
「やはりチューリップですかね〜」
もちろん嘘偽りなく、チューリップがだいすきなので間違いはない。
特にわたしの心をときめかせてくれるチューリップは、ミステリアスパーロットやブラックヒーローなどの深いパープルや黒系。
でもフレミングパーロットのようなサイケデリックな色で、「俺を見ろ!」という強い自我を感じるものもだいすきだ。
それにスパイダー咲も、エッジが効いていてだいすきである。
いや、でもあの品種も...いやいや、あちらも...捨てがたい...
チューリップだけでもこの有様なので、正直返答に困るということがお分かりいただけるだろう。
前職場で、我々の中で度々激しい議論になった話題を思い出す。
「なりたい花ってなに?」
である。"すきな"花では無い。あくまでも"なりたい"というのが大きなポイントだ。
"すきな花"と"なりたい花"というのは全く別枠と捉えていただきたい。
球根系になりたい人、淡いピンクの芍薬になりたい人、胡蝶蘭になりたい人、白のチューリップになりたい人など様々だった。
わたしは、オンシジウムのシャーリーベイビーが不動の一位である。(あくまでも"なりたい花"だ)
シャーリーベイビーは良い。
ちらちらと揺れる小花は しなやかにダンスをしているようだ。
色もただのかわいさだけでなく、渋みと毒っけがある。
薄らと香るチョコレートのような甘い香りも、ぷんぷんと鼻につく香水ではなく、密かに身に纏っているお香の香りのようで控えめで洒落ている。
何より、軽やかなのに甘々な名前も良い。
シャーリーベイビーは無くても良いけど、一本でも花束に入れると
「めちゃくちゃ雰囲気良くない?」
となるし
シャーリーベイビーだけで束ねても
「なんかオシャレじゃない?」
となるので、そういう謎の信用度も気に入っている。
同様の理由でユキヤナギもわたしの候補のひとつである。
「わたしはシャーリーベイビーになりたい」
もちろん主役級の芍薬やダリア、バラなんかにも憧れることもあるし、芍薬もダリアもバラも全部全部だいすきなのだが、わたしは一生芍薬になれなくたって全然良い。
昔から身の程はきちんと弁えているのだ。
小学生の頃学芸会で走れメロスをクラスで演じた際、わたしの役は重臣①だった。小学4年生の時にわたしは悟ったのである。
主役をひっそりと陰で支えるような
居ても居なくてもどちらでも良いけど
「あの人めちゃくちゃ渋くていい仕事するよね〜」
みたいな人間が、わたしの目指すべき花屋のポジションなのだ。
初夏が近づいてくるこの季節に毎年出回る
"アリウム シュベルティ"
花火のように花を咲かせるエキセントリックな形、得体の知れない奴感がたまらない。
小宇宙すら感じる。
一輪で魅せることができる自信に満ち溢れた姿。
この花がだいすきで、この季節になると必ず恋してしまう。
「あ〜やっぱりこの季節だけはシュベルティになりたいかも」
主役にはなれないのになぁ〜!
憧れずには居られないのだ。