深海潜水艇タイタンの構造問題
海底に沈んだタイタニック号を見物に行った深海艇「タイタン」が、水圧で壊れてしまい、乗っていた人たちが亡くなりました。
この深海艇のことは事故のニュースで初めて知ったのですが、その船体構造を聞いてびっくりしました。
とても潜水艇に適用するべきではないような構造だからです。
これについて、専門家や元従業員が、以前から警告を発していたようですが、とうとう事故を起こしたということです。
どういう構造なのか
上の写真はタイタンの外観ですが、人が乗るキャビンは円筒形の部分で、ここの構造が問題なのです。
報道では「カーボンファイバー複合材」と言われ、まさかそんなはずはないだろうと思ったのですが、どうも本当にそうだったようです。
そんな材料で潜水艇を作るという発想が、そもそも不思議です。
飛行機の胴体にはCFRPが向いている
「カーボンファイバー複合材」というのは炭素繊維を使った複合材ですが、ふつうは炭素繊維とエポキシ樹脂などを組み合わせたもので、CFRPと呼ばれます。
タイタンに使われた材料の詳細は不明ですが、なんらかの樹脂を組み合わせたCFRPの一種だったと思われます。
炭素繊維は、繊維の方向に引っ張る力には強く、ピアノ線のような鋼鉄よりも強度があります。しかし、形状としては糸のようなものですから、形にするためには樹脂などで固める必要があります。
一般的に使われる方法は、並べたり織ったりした炭素繊維に樹脂を染み込ませて、布のような素材(プリプレグ)を作り、それを何層も重ねて形にしたうえで焼き固めます。ボーイング787のような最新旅客機では、胴体をこの方法で作っています。
飛行機の場合、高い高度で機内の気圧を保つため、胴体には内側から大きな力かかかります。すると、胴体の構造には円周方向に引っ張る力(フープ荷重)がかかりますが、炭素繊維は引っ張りに強いため、比較的薄い構造でも十分な強度が確保できるのです。
下の図で言うと、円周方向の引張応力を炭素繊維が受けるのです。
潜水艇の外殻にCFRPを使うのは無謀
しかし、タイタンのような潜水艇の場合、飛行機の胴体とは逆に、外から高い圧力を受けます。そのため、円周方向には「引張応力」ではなく「圧縮応力」がかかることになります。
少し考えてみれば(考えなくても)わかりますが、いくら引張に強い炭素繊維でも、圧縮に対してはなんの力もありません。そして、タイタンの船殻がプリプレグを積層した構造だったとすると、この圧縮力によって生じる微小な変形(微小座屈)で、積層面が剥離することが考えられます。
タイタンでは、こうした構造内部の損傷を超音波で常時監視するシステムを備えていたと言いますが、そのシステムを正しく運用していたかどうか、非常に疑問です。
というのも、過去にタイタンに乗った乗客は、船殻からバキバキという音がしていたと言うのです。もしバキバキ音がCFRP積層の剥離だとすると、その時点でタイタンの強度は著しく低下していたはずなので、もう二度と潜水してはいけません。
規制のない公海での潜水艇
報道によると、タイタンは国が定める安全性審査を受けていなかったらしいのですが、どこの領海でもない公海で運用するので、それでも法律には反しないという話のようです。そんな潜水艇で金儲けをするのが正しいとは思えませんが、法の抜け穴を潜ったビジネスだったわけです。
それはともかく、潜水艇にこんな構造様式を用いるというアイデアを、誰が考えたのかはわかりませんが、かなり常軌を逸した発想です。
もちろん、なんらかのイノベーションがあって、不可能だと思われたことが可能になることはありますが、このタイタンの設計において、どういう技術的判断があったのか、僕はまったく理解できずにいます。
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