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Boonzzyの「新旧お宝アルバム!」 #180 「Careless」 Stephen Bishop (1976)

世の中はお盆休みに入ったところも多いわけですが、このコロナ状況下ではお盆なのか夏休みなのか全く判然としないくらい日常の状況は変わらないのはいいのか悪いのか。コロナ対策審議のための野党の国会再開要求も与党は聞こえぬふりのようですが、明らかに第二波と思われる感染拡大傾向があるのに具体的処置を何ら打ちだそうとしない政府及び東京都、お盆で休んでる場合ではないと思うのですが。

さて、今週の「新旧お宝アルバム!」は、そんなザワザワした気持ちをほっこりとほんわりと包んでくれる優しいメロディと洒脱な歌詞の楽曲を、洗練されていながら情感たっぷりのボーカルで聴かせてくれる、スティーヴン・ビショップの名盤『Careless』(1976)をお届けします。何を今更こんな有名盤を、という方も多いでしょうが、このコロナの状況下で改めてこの週末に家で聴いていたところ、心を優しくリフトアップしてくれるような、そんな感情をわきたたせてくれる盤だなあ、うん、これは取り上げなくては、と思った次第です。既に愛聴盤で死ぬほど聴いてるよ、という自称AOR通のあなたも、「スティーヴン・ビショップって?」という若手の洋楽リスナーの方も、どうぞお付き合い下さい。

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シンガーソングライター、スティーヴン・ビショップの作品(このアルバム収録曲はもちろん全曲自作です)の魅力はずばり3つ。「一見シンプルそうに聞こえてさりげないコード使いやメロ展開で編み出される魅力あるメロディライン」「男女の関係の機微やさりげない人々の風景を映画の一場面のように洒脱に表現する歌詞」そして「甘すぎず、押しつけがましくないけど、しっかりと情感と暖かさが伝わってくるスティーヴの素晴らしいボーカル」、この3つです。一つずつ行きましょう。

まずはメロディの素晴らしさ。スティーヴンのメロディメイカーとしての実力は、自分の曲だけでなく、後に第58回(1986)アカデミー賞で最優秀オリジナル歌曲賞にノミネートされた、映画『White Nights』の主題歌でフィル・コリンズマリリン・マーティンのデュエット・バラード「Separate Lives」など、他のアーティストや映画などに提供している曲などでも定評のあるところ。このアルバムでは、冒頭のホンワカムードのレイドバック・バラード「On And On」などで既にその魅力は充分感じられるのですが、個人的に注目したいのは2曲目の「Never Letting Go」。フィービ・スノウが彼女の同名タイトルのアルバムでカバーしていた逸品です。

このアルバムは全体的にアコギを中心に楽曲の演奏が統一されていて、とてもオーガニックでパーソナルでインティミット(情感的に親密)な雰囲気を醸し出すことに成功しているのですが、この曲なども、ほとんどがスティーヴンによるギターの弾き語りを中心に歌われるシンプルなイメージの曲。しこの曲、常に一小節ごとにC#m→F#→E→D#mとかいったコード遷移で流れていってあの流れるようなメロディを形成してるんですよね。そして途中からさりげなく入ってくるストリングスがブリッジからエンディングにかけてとてもドラマチックな展開を演出するという曲。

もう一曲取り上げたいのはアルバム後半の「Little Italy」。爽やかで陽気な地中海っぽい雰囲気で、NYのリトル・イタリーの雰囲気を表現しているこの曲、アコギのイントロで始まるのですが、このリフがかなり複雑でクレジットを見ると何と!あのラリー・カールトンが弾いてるんですね。ギターの名手、ラリーをアコギで使うなんて贅沢な話ですが、これ以外にも名手ヴィクター・フェルドマンのビブラフォンや、木管楽器などに加えて、あのチャカ・カーンのソロボーカルも一瞬入ってくるという豪華な音作りの楽曲にもかかわらず、スティーヴンの歌はあくまでも軽やかに、そして洒脱なメロディーを紡いで聴かせてくれるのです。

洒脱で映画の一場面のような歌詞。これについては、全米最高位11位の彼にとって最大のヒットとなった冒頭の「On And On」の歌詞がなかなか素敵です。ちょっと長くなりますが引用してみましょう。

「ジャマイカには可愛い女の子がいっぱいいるけど
君に金を使わせるだけ使わせて結局ポイされるだけ
一人ぼっちのスーは気のいいサムに惚れてるけど
災難から彼を助けようとして余計酷い目にあわせてしまう

果てしなくそんなことが続く
彼女は努力し続けるんだけど
泣きたくなったらニッコリしてしまう彼女
そんなことの繰り返し

可哀想なジミーは彼女が他の男とキスするのを見てしまい
ひとりぽつんと月明かりの下に座ってる
ジミーはハシゴを空にかけて空から星を拝借し
シナトラの曲をかけながら泣き始める

いつまでたっても同じことの繰り返し
ジミーは一生懸命努力し続けて
泣きたくなるとニッコリしてしまう
そんなことの繰り返し

僕の肩には太陽の光、僕のつま先は砂の中
僕の彼女は他の男に走って僕を捨てたけど
まあ気にしない
僕はただ夢見て陽に焼けた肌で
自分のハートを投げ上げてみてどこに落ちるか見てみるだけ」

シナトラとかジャマイカとか、言葉の使い方が洒落てて、何だか昔のハリウッドの映画の一場面みたいですよねえ。そしてもう一曲、こちらは彼のデビューヒットとなった軽快な「Save It For A Rainy Day」(1977年最高位22位)。間奏の短いけど存在感あるギターソロは、あのエリック・クラプトンです。

「彼女なかなか可愛いしでっかい車も乗り回してる
そして彼女を抱くと僕はどうしていいかわからなくなる
彼女は何の不自由もないはずだから何で僕が必要なのか
ただ会うたびにもっともっとと求めるイカレた奴ってわけか
彼女には関わらない方がいいってのは知ってる
彼女が悪い訳じゃないけどでも彼女のせいでこうなってるから
みんな言うんだ、気を付けた方がいいぜ
まるでおもちゃみたいにお前のこと簡単に捨てちゃうんだから

まさかの時に備えておいた方がいいよ
まさかの事態に備えておいた方がいいよ、って」

Save It For A Rainy Day」ってのがそういう意味だってこと、この曲で覚えたトップ40ファンの方も多いと思いますね。こうしたいわゆる「洒脱系」の歌詞の楽曲も多いスティーヴンですが、しっとりと歌う「One More Night」では「君を抱きしめるためにどうかあと一晩だけ一緒にいてくれ」とか、「一分一時間ごとに新しい君を発見してしまうんだ」と歌う「Every Minute」などのように直球系の情熱的な歌詞も多いのです。

そしてスティーヴンのボーカル。上記の「One More Night」などでは、アコギのストロークのイントロからふわりと入ってくる彼のボーカルを聴いた瞬間「あ、これは男と女の愛の歌だな」ということが情感として伝わってくる、そんなことを感じずにはいられない説得力のようなものが彼のボーカルには備わっているのです。この曲も進むにつれて、控えめながら着実に情感を盛り上げていくストリングスと、途中から入ってくるピアノの音色がもの凄くいい仕事をしていますが、途中でブレイクが入った後に、スティーヴンが過度にドラマティックにならない感じで「I'd do anything / I'd give everything / to have just one more night to hold you」と歌い始めるあたりはこのアルバム全体の中でも一二を争うハイライトだな、と思ってしまいます。

そして彼のボーカルのさりげないけど情感たっぷりの魅力を最大限に発揮するのが、アルバムラストの「The Same Old Tears On A New Background」。スティーヴン自身のアコギの弾き語りのみで歌われる3分足らずの小品ですが、つぶやくように始まるスティーヴンのボーカルが、ブリッジのところのアコギストロークで美しいメロディーが盛り上げられて一気にカタルシスに登って行き、後半随所に効果的にハーモニックスの響きとの取り合わせで夢見るようなパフォーマンスに発展。そして最後のハーモニックスの残音でドラマティックに終わるこの構成。ただもんじゃないです、この曲。

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実はこの「The Same Old Tears〜」はこの『Careless』が発表され、スティーヴンがレコードデビューする1年前に、あのアート・ガーファンクルがアルバム『Breakaway』(1975)で取り上げていて、しかも『Careless』同様、アルバムのラストナンバーに使っていました。しかもアートは『Breakaway』でこの曲の他にもう一曲「Looking For The Right One」(こちらはスティーヴンの1978年の次作『Bish』に収録された)、都合2曲を採用していたのです。なぜアートが当時まだ有名でもなかったスティーヴンの曲を2曲も使ったのか?実はアートスティーヴンの共通の友人であるリア・カンケル(あのザ・セクションのドラマー、ラス・カンケル夫人ですね)が、アートスティーヴンのデモテープをあげたところ、アートがたいそう彼の曲を気に入り、当時録音していた『Breakaway』に採用しただけでなく、彼をアルバム収録に参加させて、更にはABCレコードとの契約まで世話してあげたんですね。アートのバージョンはアコギではなく、ピアノ主体のアレンジで、アートらしく室内楽的にやってるのですが、個人的にはやっぱりこの曲は、スティーヴンのバージョンの方が数倍素晴らしいと思うのは贔屓目か。

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とにもかくにも、オープニングの「On And On」からラストの「The Same Old Tears On A New Background」の最後のハーモニックス音まで、どっぷりとスティーヴンの世界に浸りきることができ、ヒーリング効果も期待できるこのアルバム、コロナの状況で少しささくれ立った気持ちを優しく癒やしてくれるあなたのサウンドトラックとして、今こそアルバムの隅から隅まで楽しんでみてはいかがでしょうか。

<チャートデータ>
ビルボード誌
全米アルバムチャート 最高位34位(1977.10.15-22付)

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