今週の全米アルバムチャート事情 #224- 2024/2/24付
いやあこの週末は松山英樹選手がPGAのジェネシス・インヴィテーショナルで、最終日6打差を逆転して堂々とした横綱相撲でPGAツアー通算9勝目の優勝を果たしました!本当に久しぶりに最終日英樹チャージでヤバいショットをビシビシ決める勝ちっぷりにはテンション上がりましたねえ。昨年も10年ぶりにツアーチャンピオンシップ出場を逃すなど、最近元気の出ない松山だったんですが、これで今年のメジャーもまたどこかで活躍してくれそうな気がします。今年は大谷・山本のドジャーズ組共々、我々日本のスポーツファンに楽しい話題を提供してくれますように。
ということで気持ち良く始まった今週の全米アルバムチャート、2月24日付のBillboard 200の首位も、先週予想時には想定してなかった話題の新譜、イェことカニエ・ウェストとタイ・ダラ・サインによるスーパーデュオ、¥$による『Vultures 1』が2/10リリースというチャート集計対象期間2日目のリリースでしかもいろいろとアルバム配信に関してトラブルが続出しながらも(詳細は後述)、148,000ポイント(うちデジタルのみ実売18,000枚分)で初登場を決めてます。内容的には『Yeezus』(2013年1位)から『The Life Of Pablo』(2016年1位)あたりまでのインダストリアルでエッジの立ったスタイルでも、『Jesus Is King』(2019年1位)や前作『Donda』(2021年1位)のようにゴスペル色の強いスタイルはさほど前面に出てなくて、結構90年代R&Bやヒップホップのサンプリングをあちこちに使ったり、トラップ・ビートをアッパーな感じに使ったりと、ちょっと昔のカニエのスタイルに回帰したように聞こえる部分もあり、ここ数作の中では一番聴きやすいアルバムだと思いました。ただ、タイ・ダラ・サインがどう絡んでいるのかよく判らなかったり、サウンドメイキングではJPEGマフィアやティンバランド、ケイトラナダ、ジェイムス・ブレイク、ウィージーやマスタード、ロンドン・オン・ダ・トラックなどなど、今のヒップホップ・サウンドメイカーの一番おいしい連中をそこら中からかき集めて作ってながら、聴いててあまりワクワク感を感じないのは不思議。しかもフィーチャーされてるクリス・ブラウンやデンゼル・カリー、トラヴィス・スコット、リル・ダークなど錚々たる面子が一切クレジットされてない、というのも何だか違和感があるところです。
そもそもカニエはここ数年大統領選に出馬しようとしたり、トランプ支持を声高に叫んだりとろくな言動をしてなかったんですが、ここ最近2022年以降は反ユダヤ人的なコメントをあちこちのメディアで繰り返してきていて、これを問題視したインスタグラムからアカウントを閉鎖されたり、ギャップやアディダスといった企業からスポンサー契約を解除されたり、『Donda』までのリリース元だったデフ・ジャム・グループから関係を切られたりと、まあ当然といえば当然の対応をされて5億ドルを超える資産を失ったと言われてます。それでも一旦昨年12月に反ユダヤコメントへの謝罪をインスタグラムにアップしたんですが、そのわずか数週間後に今度はネオナチなスタンスで有名なノルウェーのメタル・アーティストで殺人犯、ヴァルグ・ヴィーケネスのTシャツを着てJPEGマフィアと一緒にインスタグラムに登場するなど、もはや双極性障害か何かのメンタル障害じゃないか、と思ってしまう言動を繰り返してます。だからということもあるのか、それとは関係ないのか不明ですが、今回のアルバムについては音楽メディアの評価はコテンパンですね。そもそもこういう問題発言・行動を繰り返してるカニエに乗ろうとするミュージシャンがこんなに多いことも正直個人的には理解不能ですね。今回のアルバムのストリーミングも、上記の反ユダヤ発言とかでいろいろと問題続きで、収録曲「Good (Don’t Die)」にサンプルされてるドナ・サマーの「I Feel Love」を許諾してないとドナ・サマーの遺族からクレームを受けてこの曲だけ今ストリーミングで聴けなくなってたり、その関係でiTuneやアマゾンがデジタル・アルバムの販売をストップしたり、当初ストリーミングしていたインディ系のFUGA社がリリースから5日後にストリーミングを止めたりとトラブル続き。それでもこうして1.7億回を超えるストリーミングを記録して首位になってる状況が、正にトランプ信者やトランプを容認しているアメリカの闇の部分を象徴しているようでとっても気持ち悪いです。あれだけネオナチを支持して反ユダヤな発言を繰り返していても、アメリカの音楽ファンには彼に対する問題意識を持たない人がなぜこんなに多いんでしょうかね。
そしてその『Vultures 1』のサプライズ・ドロップのおかげで、充分初登場1位の可能性があった、アッシャーの8年ぶりの新作『Coming Home』は残念ながら91,000ポイント(うち実売53,000枚)で初登場2位でした。先々週の第58回スーパーボウルのハーフタイム・ショーでのパフォーマンスには多くの好意的な反応がネット上でも見られてて「すわ、久々の全米ナンバーワンアルバムもありか?」と思われてたんですがねえ(事実カニエとタイのアルバムがなければ充分1位でした)。今回のスーパーボウルは全米で1億2,340万人の視聴者を集めた、記録が確認されている番組の中では、昨年のスーパー・ボウルを抜いてアメリカのTVの歴史で史上最高視聴者数記録を達成したらしいですから(未確認記録では1969年のアポロ11号月面着陸が1.25〜1.5億人というのがあるらしい)まあ宣伝効果としては絶大だったのには間違いありません。昨年時点のアメリカの人口が3億4,000万人ということなんで、アメリカ人の3人に1人があの放送を見てたということですからね。
内容的にも充実してて、既にシングルヒット中の、サマー・ウォーカーをフィーチャーした「Good Good」や、イントロでビリー・ジョエルの「Uptown Girl」がチラッと聞こえてメロディもその本歌取り風な、ラッパーのラットをフィーチャーした「A-Town Girl」、今全米公開中のアリス・ウォーカー原作の『カラー・パープル』映画版の挿入歌で、映画にも出演しているH.E.R.とのデュエットによる濃密なバラード「Risk It All」、そして何とあのジョングクの「Standing Next To You」のリミックス・バージョンまで、いろいろキャッチーなトラックが満載の今回のアルバム、なかなかの意欲作になってます。先々週のハーフタイム・ショーではこのアルバムの曲は一切やらず、もっぱら過去のヒット曲だけだったんですが、それがいい意味でティーザーになって、このチャート成績につながったんでしょうね。特に5万枚の初週売上はなかなか立派なもんです。しかも、今回アッシャーのこのリリースは、前作まで契約のあったRCAとの契約終了後、自分の会社メガ社からのインディ・リリースなんで、今頃メガのマーケティング・チームは祝勝気分で大いに盛り上がってることでしょう。全く今週はアッシャーに1位になって欲しかったよなあ。
さて突然のカニエとタイ・ダラ・サインのアルバム・ドロップで騒然の今週のトップ10ですが(ちなみにリリース初週で既にストリーミングで892,000ドル、実売も含めると既に100万ドル売り上げてしまったそうです。ホントに何でみんなこんなにカニエ聴くんだよ)、圏外11〜100位には今週3枚が初登場、そのいずれもが非アメリカ圏のアーティストの作品になってます。そのトップを切ったのが、39位に登場した、Kポップ6人組ボーイズ・バンドのP1ハーモニーの初フルアルバム『Killin’ It』。昨年6月に51位に登場した6枚目のEP『Harmony: All In』に続く2枚目の全米アルバムチャートインを果たし、最高位を更新しています。
Kポップの事務所としては後発になるFNCエンターテインメントの看板アーティストであるP1ハーモニー(というか今のところ同事務所所属アーティストでは全米ブレイクしている唯一のアーティスト)ですが、6人中4人がラッパーでダンサー、というユニークなメンバー構成ながら今回も特にゴリゴリなハードコア・ヒップホップに寄せてる感じはなく、どちらかというと前回のEP同様、90年代ヒップホップ・ダンス・ポップ路線の延長でやってるみたいです。もう少しどちらかに触れるといいんでしょうが、この路線のままだとこれ以上の躍進はちょっと厳しそうですね。
そして続いて62位にエントリーしてきたのもKポップ。今週は久しぶりにKポップが躍動してますね。で、こちらはガールグループのイッチ(iTZY)2作目のフルアルバム(日本のみ2022年リリースの日本語アルバム『Ringo』を含めると3作目)『Born To Be』。これが6作目のチャートインですが、2022年の5作目EP『Checkmate』が初のトップ10入り(8位)を決めた後は、出す度に順位を下げてきてるというやや残念なトレンドで今回は初チャートインした4作目EP『Guess Who』(2021年148位)に次ぐ低順位になっちゃってます。売上データを見ると、さっきのP1ハーモニーが18,000枚、このイッチは14,000枚しか売ってないらしく、今回も複数CDバージョン戦法で売上狙ってるはずなんですが、この出力ということはKポップ・パワー(少なくとも二線級のアーティストについては)やや下降気味、ということが言えるかもしれません。
アルバム10曲中最初の4曲は全員でやってて、後半5曲は5人のメンバーがそれぞれピン(あるいはフロント)でボーカルを取ってベッドルーム・ポップあり、ギター・ロックあり、R&B風ダンス・ポップありとなかなか多彩な楽曲で固めてますが、確かイッチって5人ともラップできるってのが売りだったはずなので、そういう特性が今回あんまり生かされてないような気が。更に昨年からメンタル参ってて活動休止を宣言してるリアがこのアルバムリリース前に録音した「Blossom」が皮肉にもひときわ耳に付く今風ベッドルーム・ポップになってるのと、後半特にオリヴィア・ロドリゴを意識してる?と思える楽曲が多いので、次作以降反転上昇するにはこのグループも今後の方向性が微妙かもしれません。
今週最後の100位までの初登場は、69位初登場、昨年来の全米でのリージョナル・メキシカン・ブームの一翼を担う5人組、フエルザ・レジーダの5作目のEP『Dolido Pero No Arrepentido』。タイトルは「傷付いても後悔はしない」という意味のようです。今回が彼らとしては4作目の全米チャートインですが、こちらも前回彼ら最高位をつけた『Pa Lás Baby’s y Belikeada』(2023年14位)からかなり順位を落としているのが気になります。
昨年は「TQM」(Hot 100 34位)、「Sabor Fresa」(同26位)そしてマシュメロをフィーチャーした「Harley Quinn」(同40位)とヒットを量産していただけにこの下降トレンドは気になるところですが、今年早々にリード・ボーカルのヘスース・オーティス・パズがメキシコとの国境近くの街でドラッグ不法所持で数日間勾留されてたみたいで、その関係で充分プロモーションとかができてないとかいうこともあるのかもしれません。ジャケの物騒なイメージとは裏腹に、内容はいつものようにアコギとスタッカート・ビートで吹き鳴らすホーンを中心に哀愁満点なコリドー・スタイルの楽曲を展開している作品です。しかし正直このスタイルもだんだん最近みんな同じように聞こえてきてしまうのはやはりスペイン語で何を歌ってるかイマイチよくわからない、というのもあるのでしょうか。まあ今のアメリカ音楽シーンのグローバル多様化の一つのトレンドですし、なかなか日本にいるとその圧が実感として感じにくいわけなので、こういう機会に音に触れておくのも勉強の一つ、と思って聴いてます。
ということで1位と2位の初登場が派手だった今週のアルバムチャートは100位までの初登場5作でした。一方Hot 100の方を見ると相変わらずジャック・ハーロウの鼻歌ソング「Lovin On Me」が意外と強くて通算6週目の首位をキープしてますが、そのすぐ下、2位に初登場してきたのがビヨンセの新曲「Texas Hold ‘Em」、そして3位には今週アルバム1位の¥$の「Carnival」が初登場するという賑わい具合。「Texas Hold ‘Em」というのはポーカーゲームの一種の名前ですが、バンジョーで始まりアコギが絡んでストンピング・リズムで軽快に展開するカントリー調の楽曲。ビヨンセにしては珍しいパターンですが、彼女もテキサス出身なんで逆に自然なのかもしれません。今週何とカントリー・ソング・チャートの1位に初登場してて、どうやら来週の1位はビヨンセとカニエの対決になりそうですね。では今週のトップ10おさらいです(順位、先週順位、週数、タイトル、アーティスト、<総ポイント数/アルバム実売枚数、*はHits Daily Double調べ>)。
*1 (-) (1) Vultures 1 - ¥$ (Kanye West & Ty Dolla $ign)
<148,000 pt/18,000枚>
*2 (-) (1) Coming Home - Usher <91,000 pt/53,000枚>
*3 (7) (64) Stick Season ▲ - Noah Kahan <85,000 pt/7,000-枚>
4 (2) (50) One Thing At A Time ▲5 - Morgan Wallen <64,000 pt/2,092枚*>
5 (3) (62) SOS ▲3 - SZA <51,000 pt/3,765枚*>
*6 (8) (16) 1989 (Taylor’s Version) - Taylor Swift <50,000 pt/15,000枚>
*7 (9) (234) Lover ▲3 - Taylor Swift <48,000 pt/12,000枚>
8 (5) (69) Midnights ▲2 - Taylor Swift <46,000 pt/11,000枚>
9 (1) (137) 35 Biggest Hits ▲ - Toby Keith <46,000 pt/7,000枚>
10 (6) (19) For All The Dogs - Drake <45,000 pt/53枚*>
今やアメリカ音楽シーン一の問題児、カニエとタイ・ダラ・サインのアルバムのサプライズ・ドロップがスーパー・ボウル・ハーフタイムショーで頑張ったアッシャーの1位の野望を阻止してしまった今週の「全米アルバムチャート事情!」いかがでしたか。最後にいつもの来週の1位予想(チャート集計対象期間:2/16~22)ですが、今週のリリースで来週のチャートでポイント稼げそうなのは、何と10年ぶりのジェニファー・ロペスの新作か、ラッパーのイートくらい。いずれも来週の首位攻防ラインの7~8万ポイントはちょっとキツいかなあ、稼いで6~7万ポイントという感じなんで、カニエとアッシャーは来週大きくポイント減らすとして、来週の首位攻防戦はジェニファー・ロペス、イート、そして結構粘り越しで頑張りそうなノア・カーンの3つ巴になりそうな気がします。ではまた来週。