DJ Boonzzyの選ぶ2023年ベストアルバム:20位〜11位
20.Bewitched - Laufey (AWAL)
1940〜50年代のオールド・タイミーなガールコーラスグループか、と思ってしまうオープニングの「Dreamer」からして、今時こんな音楽をやってるレイヴェイ(Laufey、と書いてこう読むのだ)に出会ったのはご多分に漏れず、毎週ここnote.comにアップしてるブログ「全米アルバムチャート事情!」で、Billboard 200にチャートインしてきたこのアルバムを聴いたのがきっかけ。アイスランド・チャイニーズという本人の出自もユニークなら、もともとアイスランドではクラシック音楽をやっていて、地元交響楽団のチェロのソロ奏者として15歳で活躍してたという神童ぶりも特筆もの。このアルバムに収録されているのは、ジャズ・ポップというか、オールド・タイミーな雰囲気満点のベッドルーム・ポップな楽曲群で、独得なドリーミーな世界観を構築していてただひたすら気持ちいい。聴いててちょっと思い出すのは、同様にバングラデシュ生まれのイギリス人で、70年代風ノスタルジック・ポップを歌う、カレン・カーペンターの再来と言われるルーマー。ただこのレイヴェイはルーマーよりもっとオールド・スタイルな感じなんだけど、ちゃんと今のドリーミー・ベッドルーム・ポップ〜ビリー・アイリッシュやラナ・デル・レイなど〜に通じるコンテンポラリーさはちゃんと備えているところ。エラ・フィッツジェラルドとテイラー・スウィフトがロール・モデルだというレイヴェイなので、さもありなん、といったところでしょうか。
そして、始めてこのアルバム聴いた時「まだこの子、日本では知ってる人そんなにいないのでは」と思って調べたところ、何と既に今年6月には既に初来日を果たしていて、東京ブルー・ノートでチケット完売のアコースティック・ライブをやってた、というから世の中には耳の早い人達がまだまだいっぱいいるんだなあ、と思った次第。そしてそういう耳の早いファンだけでなくて、ビリー・アイリッシュがコメントしてたりとか、ビルボードのジャズ・アルバム・チャートで今年の9月から10月にかけて8週間首位を走ったりとか、そして今度のグラミー賞でも最優秀トラディショナル・ポップ・アルバム部門にこのアルバムがノミネートされたりと、結構広くシーンからも支持されているようです。正しく秋から今の季節、特にクリスマス前後に聴くにはもってこいの内容ということで、ここ数ヶ月はかなり愛聴させてもらってました。ドリーミーポップが大好きな末娘にも教えてあげたらさっそくよく聴いてる模様。まあレイヴェイ未体験の方、普通のポップ・レコードとは違う世界を味わえますので是非。
19.The Age Of Pleasure - Janelle Monáe (Wondaland / Bad Boy / Atlantic)
ジャネル・モネイってのは本当に才女だなあ、と思う。デビュー・アルバム『The ArchAndroid』(2010)から『Electric Lady』(2013)、そしてグラミー賞の最優秀アルバム部門にノミネートされた『Dirty Computer』(2018)まで、近未来のアンドロイド社会をテーマにした一連の先進的なSFコンセプトアルバムを作ってしかもヒットさせ、その間俳優としても2016年に『ムーンライト(Moonlight)』ではその年のアカデミー主演男優賞を取ったマハシャラー・アリの向こうを張る印象的な役柄を演じたり、同年の『ドリーム(Hidden Figures)』では1960年代のNASAで黒人・女性差別を跳ね返して活躍する3人組の一人を活き活きと演じるなど、その非凡な才能を見せてくれた。しまいには自分のアルバムコンセプトをそのまま映画にしたSFディストピア作品『Dirty Computer』(2018)を作って自ら主演。自分の手で自分の二つのキャリアを統合しちゃうんだから凄いと思う。
そのジャネルが今回は前作までのSF路線から大きく方向転換、冒頭の「Float」では「私は今までと同じじゃない」とラップしながら、アフロビートとレゲエのリズムなどこれまで彼女のアルバムで聴けなかったビートを満載した作品を届けてくれた。何でもアルバムを作る時に、いろんなパーティーで演奏してみてうまくウケない場合は採用しない、というポリシーで曲作りと曲選びを進めたらしい。その手法がハマってか、全編とにかくポジティブなヴァイブ満点の楽曲が並ぶ。ハイライトはアルバム半ばのスティーヴィー・ワンダーの「For Your Love」の一節を本歌取りした、エレクトロながら弾むようなレゲエビートとキャッチーなコーラスが印象的な快楽的喜びバンザイソング「Lipstick Lover」、そしてジャマイカのロックステディの雰囲気満点な60年代ドゥーワップ・グループ、スカイライナーズの名曲「I Only Have Eyes For You」の一節をこれも本歌取りした「Only Have Eyes 42」。全ての曲がミックス風に切れ目なくつながれた、あちこちに心地よいレゲエのリズムが散りばめられた構成は正に『喜びの時代』と呼ぶに相応しい。これだけ前作と指向性の異なるアルバムに仕上がった結果、今年もグラミー賞の最優秀アルバム部門にノミネート。今年は残念ながら史上希に見る激戦の年なので受賞は難しかろうが、もう一つの最優秀プログレッシヴR&Bアルバムは充分受賞の可能性ありそうだ。
18.IRL - Mahalia (Warner)
ジョージャ・スミスやリトル・シムズのところでも書いたけど、最近ブラックもの、R&Bやヒップホップ・ソウル系などは特にアメリカものよりもUKものに秀逸な作品やアーティストが多いと思ってる。そしてこのマヘリアもそういうアーティストの一人。でも最初彼女を知ったのは積極的にUKのブラック・アーティストを物色していたからではなく、うちの末娘のスポティファイのプレイリストに入っていたのを横で聴いていて「おっ何これ、いいじゃん、誰これ」と即引っかかったのがきっかけ。その時の曲が、彼女の前のアルバム『Love And Compromise』(2019、全英28位)収録の「Do Not Disturb」だった。最近のアメリカのR&Bではあまり聴けない、グラウンドビートに乗って涼し気で自由奔放な歌声を聴かせるマヘリアのボーカルが良くて、アルバムを聴くと自分の贔屓のラッキー・デイやエラ・メイちゃんとかが共演してる曲もあって楽しめた。その上で期待を込めて聴いたのが今年リリースのこのアルバム。4年の時を経てこのアルバムで聴けるマヘリアの歌も、バックのサウンドも大きく(いい意味で)変貌しているのが意外でもあり、嬉しい誤算でもあった。
プロデューサー陣も前作からガラっと変わってるのも大きいと思うのだが、前作がオーガニックというかあまり加工音を多用していなかったのに対し、今回はすべての曲が淡い霧に包まれたような音響設定になっていて、マヘリアのボーカルも意識してか涼しげで囁くような、それでいてしっかりした発声が感じられるそんな音設定になってる。でも決してサウンド加工は最近のアメリカR&B作品のように厚化粧的ではなく、さりげなく施されてるのがいい。そして当たり前だけどマヘリアの歌自体に随分前作より大人っぽい魅力が増えてるな。今回は前作のように有名どころはあまり登場してないんだけど、UKラッパーのストームジーがラップじゃなくてマヘリアと渋ーいデュエットを聴かせていてこれがなかなかイケてる「November」とか、とってもソフィスティケイトな楽曲構成と歌詞の音としての絡み方がかなり気持ちのいい「In My Bag」とか、エレキギターのゆるーいカッティングの音が全面に出ているのが逆に楽曲のオーガニック感を高めてる「Lose Lose」やタイトル・ナンバーなど、何度も聴いてるとマヘリアの涼し気なボーカルが沁みてくるのが快感で、夏頃はかなりよく聴いてた。教えてくれた末娘には本当に感謝だな。
17.Weathervanes - Jason Isbell and the 400 Unit (Southeastern)
何のてらいも気取りもなく、ただ訥々とロック寄りのアメリカーナを毎回聴かせてくれるジェイソン・イズベルはアラバマが誇る「今のアメリカーナ・シーンを代表する」アーティスト。2000年の1月に彼の唯一の来日公演をビルボードライブ東京に観に行って、フィドル奏者の奥さん、アマンダ・シャイアと二人だけのアコースティック・セットは、本当に素晴らしいライブで、アコギとフィドルだけというセッティング、彼の書く曲の素晴らしさを際立ててた。その来日ライブの年にリリースされた400ユニット名義の『Reunion』(2020年9位)以来3年ぶりになるフルオリジナル・アルバム。これがまた力強く、芳醇で、楽曲のあちこちに先達のミュージシャン達へのオマージュも存分に感じるいい作品になってます。この間に彼がツイッター(現X)で「バイデンが大統領選でジョージア州を取ったら」とアナウンスしていたジョージア出身のアーティスト楽曲のカバーアルバム『Georgia Blue』(2021年83位)はあったけど、やっぱり彼の曲を400ユニットが演奏して、ジェイソンが歌うのがいい。しかも今回は『Reunion』まで一連のアルバムをプロデュースしてきた、アメリカーナ界を代表するプロデューサー、デイヴ・コッブではなく、彼ら自身がプロデュースしているあたりに久々の新作に対する意気込みも感じた。
雄叫びのようなジェイソンの力強い歌声で冒頭から持って行かれる「Death Wish」、シンプルなアコギの弾き語りで70年代のカントリー・フォークを思わせる「Strawberry Woman」、イントロのエレキギターのリフの感じがもろマッスルショールズ・サウンドな「Middle Of The Morning」、ニルソンとかを想起する詩情豊かなアコギサウンドが心地よい「If You Insist」、匂い立つようなジェイソンの歌声が素晴らしいこれもアコギメーンのバラード「Cast Iron Skillet」、一転してエレキギターのストロークとサザンロック然とした曲想がニール・ヤングを思わせる「When We Were Close」やそれこそ70年代カントリーロック的な「This Ain’t It」などなど、珠玉の楽曲群を400ユニットのタイトな演奏をバックに展開するジェイソンのパフォーマンスは満足いく作品を仕上げた充実感に満ちているように聞こえる。アルバムの特に後半はまだ商業主義にまみれる前の70年代中盤までのサザン・ロックやカントリー・ロックの作品を聴いているような錯覚に一瞬陥ることも。今のアメリカのメインストリーム・ロックを代表する作品なので、インディやオルタナ、エレクトロとかもいいけど、たまには腹にドスーンとロックをぶち込まれる感覚をこうして味わうのもいいな。
16.The Land Is Inhospitable And So Are We - Mitski (Dead Oceans)
昨年前作『Laurel Hell』が英米でトップ10アルバムとなり(全米5位、全英6位)、同じくアルバムをトップ10に送り込んだジョージと共に日本人アーティストとしての存在感をシーンに確立した我らが宮脇ミツキ。前作はダンスビートやエレクトロ、シンセポップ的で覚醒した音作りだったけど、今回は彼女がブレイクした2016年の『Puberty 2』の頃のような、寂しげな風情と内省的な感情表現を前面に出すスタイルで、ただ当時のようなポストグランジ的なロック的アプローチというよりは、フルオーケストラやコーラス・チームをバックに、何だか映画のサウンドトラック盤的なポップなアプローチを見せている。プロデュースは彼女とそのブレイクの頃からずっと一緒にやってるパトリック・ハイランドなので、今回のこのアプローチはミツキ自身のアイデアに違いない。つまりまた一つ、ミツキの引き出しを新しく披露してくれた、ということなんだろう。
今回、彼女に取って初のチャートヒットとなった(全米26位、全英では何と8位!)、夢見るようなメロディとミツキのボーカルが素晴らしい「My Love Mine All Mine」なんかを聴いていると、ビリー・アイリッシュやラナ・デル・レイ、クライロといった今の時代の女性シンガーソングライターに共通のスタイルである、ドリーミー・ポップ的なサウンドとボーカル、というスタイルを取っているけど、彼女のこのアルバムはもっとオーガニックな響きを持っているように思う。それは多くの楽曲にペダル・スティールがフィーチャーされたりしていて、ちょっとカントリーの匂いも感じさせるということもあるのかもしれない。それも含めてアルバム全体のレコーディングが、どこかヨーロッパの大きなホールとか教会みたいなところで行われたかのような(実際はナッシュヴィルとロスでレコーディング)、そんな音響設定がされているように聞こえることが、アルバム全体の不思議な世界観を醸し出しているように思う。前作のような覚醒したサウンドのミツキもいいが、こういう浮遊感とドリーミーなイメージをサウンド化したようなミステリアスな感じが彼女の作品の魅力をより引き出してるんじゃないかな。次はどういう引き出しを開けて見せてくれるのか、今から楽しみ。
15.First Two Pages Of Frankenstein - The National (4AD)
ザ・ナショナルは彼らがアルバム『High Violet』(2010)でブレイクして以来、メディアの評価も高かったし、その典型的ロックバンドっぽくない世界観を持った、独得の美意識とインテリジェンスを感じさせるサウンドが気に入ってずっと聴き続けてきたバンドの一つ。ただ同時期にブレイクして、2011年には早々にグラミー賞の最優秀アルバムを受賞してしまったアーケイド・ファイアあたりと比べると、その作品のクオリティの高さに見合った評価を得ていないなあ、と思ってました。とかいいながら自分も前作の『I Am Easy To Find』(2019年5位)を年間14位に入れるまではそんなに優先順位高く聴いてた訳ではないですが、何だか気になっていて毎回アルバムが出ると買わずにいられない、そんなバンドでした。ところがコロナ期に突入と同時に彼らの「長年のファンだった」というテイラーがザ・ナショナルのアーロン・デスナーをプロデューサー・共作者に迎えて、2020年あのコロナ2部作『Folklore』『Evermore』を大ヒットさせる一方、リード・ボーカルで作詞担当のマット・ベニンジャーがあのブッカーTジョーンズのプロデュースによる素晴らしいソロアルバム『Serpentine Prison』をリリース(この年の自分の年間9位。その時の記事はここ)。更には翌2021年には昔からつながりの深いボン・イヴェールことジャスティン・ヴァーノンとアーロンのサイド・プロジェクト、ビッグ・レッド・マシーン(ザ・ナショナルの全員がシンシナティ出身なので、シンシナティ・レッズの別名を使っているというMLBファンとしてはニヤリとするネーミング)の2枚目のアルバム『How Long Do You Think It’s Gonna Last?』(こちらは2021年の自分の年間3位。記事はここ)が素晴らしかったことから、ここ数年デスナー兄弟とザ・ナショナルに関しては個人的に大いに盛り上がって来てました。
そこにリリースされた久々のザ・ナショナルの新作。これが期待を裏切らない、彼ららしいUSバンドっぽくないクールな音像と、あのマットのバリトン・ボーカルが心地よい作品に仕上がってるんですね。冒頭からこちらも以前から関わりの深いスフィアン・スティーヴンスをフィーチャーした「Once Upon A Poolside」のピアノのイントロとマットの歌声が聞こえてきた瞬間に既に彼らの世界に包まれてしまう感じが言うことありません。コロナで残念ながら中止になってしまった2020年の来日公演で彼らのオープニングを務める予定だった(当時はまだ大ブレイク前の)フィービー・ブリッジャーズのコーラスをフィーチャーした2曲「This Isn’t Helping」「Your Mind Is Not Your Friend」や、テイラーが共作していて後半ソロボーカルを聴かせてくれる「The Alcott」はいずれもピアノを基調とした美しい楽曲だけど、あくまでメインはマットの渋いボーカルで、そこで展開されているのはいつものあのザ・ナショナルの世界観。コロナ期の様々なアーティスト達とのコラボ活動を通じてバンドとしてまた一皮むけたような感じもある美しい作品で、夏頃は自分のパワーローテーションでした。彼らはこの時のセッションの曲や、相前後してリリースしたシングルなどを収めた今年2枚目のアルバム『Laugh Track』もリリースして、そちらもかなりの出来だったんですが、一応このランキングではワンアーティスト1枚ということでこちらを選んでます。
14.Autumn Variations - Ed Sheeran (Gingerbread Man)
ワンアーティスト1枚というと、今年2枚のアルバムをリリースしたもう一人が、エド・シーラン。数学記号シリーズ第5弾の『- (Subtract)』を今年前半にリリースしてて、その内容もそんなに悪いものではなかったんですが、やはりちょっとこれまでの作品に比べると地味かなあ、ということでシングルの「Eyes Closed」をはじめ、エドとしてはデビューアルバム『+』(2011年全米5位、全英1位) 以来初めてシングルが全米でトップ10を逃してしまうと言う結果になってました。今回はさっき名前の出てたザ・ナショナルのアーロン・デスナーが全曲共作・プロデュースを担当するなど新しい試みも見られたんですが、内容的には自分としても「うーん自分の年間ランキングに入るかなあ」という感じだったのは否めないところ。
そうしたところに突然秋にリリースされたのがこのアルバム。前回彼が数学記号シリーズ以外でリリースしたのは、カーディBからジャスティン・ビーバー、エミネムなど蒼々たるゲスト達とのコラボ集『No. 6 Collaborations Project』(2019年英米1位)だったけど、今回は収録14曲がそれぞれ自分の友人について書かれたものだという、エドに取ってはおそらくかなりパーソナルな位置付けだと思われるアルバム。そしてこのアルバムも『-』同様、全曲アーロン・デスナーとの共作・プロデュースというのも特筆すべきだけど、こちらのアルバムの楽曲は『-』と比べて明らかに瑞々しく、活き活きとしたものが多く、おそらくエド自身が創りながらクリエイティブな面でもメンタルな面でもかなりいい状態で創ったに違いないことが一曲一曲から伝わってくるんです。加えて、このアルバムは彼自身のレーベル、ジンジャーブレッド・マンからの最初のリリースで、原盤権は全て彼自身が所有するというのも曲作りやレコーディング時のパフォーマンスにポジティブな影響を与えてるような気がします。どれも初期のエドを思い出させるような、活き活きとした曲ばかりですが、個人的なお気に入りはアメリカの町(おそらくニューヨーク)に住むイギリス人の女の子と恋に落ちる、という「American Town」。「小さい白い箱に入ったチャイニーズフードを注文して/『フレンズ』で見たような生活さ/君の部屋はマットレスを敷けばもういっぱい/寝て起きてまた仕事に行く」なんていう歌詞がとってもビジュアルなイメージを想起させて、ああエド・シーランって「A-Team」や「Lego House」の頃ってこういう曲いっぱい書いてたよなあ、と思わせてくれる、そんな素敵な歌、そしてアルバムです。
13.Never Enough - Daniel Caesar (Republic)
ダニエル・シーザーっていいシンガーだと思うし実力もあると思うんだけど、自分の中ではどうもセカンドの『Case Study 01』(2019)が今一つ突き抜けてなかった、というのと、その年に外が土砂降りだったフジロックのレッド・マーキーで見たライブの感じがやはりイマイチだった(そう、あのアーロ・パークスのレッド・マーキーでのライブがイマイチだったのと似た感覚。自分にはレッド・マーキー、結構鬼門なのかも)というのもあって、前回も年間ランキングに入れるところまで至ってなかった。思うに彼の場合、ファーストの『Freudian』(2017)の鮮烈な印象が強烈だったんだけど、自分が彼を知ったのはその中のH.E.R.とのデュエット「Best Part」が翌年にHot 100で小ヒットしてたのを聴いて「何これいいじゃん!」となったのが最初だったので、ちゃんとアルバムリリースの年に向かい合ってアルバムを聴いた、というのが今回が2作目なんですよね。で、今回のサード・アルバムですが、悪くないです。少なくとも何だかいろいろ有名どころをゲストに迎えてとっちらかった印象だった前作に比べると、全体の楽曲のクオリティも安定してるし、ダニエルも自信持って歌ってるような感じがあって、だからこういう順位にしてみたんですけど。
特にサム・スミスの「Stay With Me」の作者、ジェイムズ・ネイピアーとマックス・マーティンの片腕ラミと共作した浮遊感たっぷりの「Let Me Go」、大御所ラファエル・サーディクと共作したオーガニック・ソウル全開な「Do You Like Me?」、そしてエレピでそっと始まって、匂い立つような美しいメロディと切なさを掻き立てるコード展開が素晴らしい、グラミー賞最優秀ソングライター部門受賞のトビアス・ジェッソJr.との共作曲「Always」(このアルバムのベストトラックですね)のここの3連発は楽曲といい、ダニエルの歌唱といい素晴らしいの一語だと思うな。問題はこのクオリティで全編作り挙げてたらもの凄いR&Bの名盤が完成してたんだけど、その後は平均点プラスアルファくらいの楽曲でそつなくまとめられてしまってる点だと思う。こういう風に優れたソングライターと組むと、化学反応で素晴らしいものを生み出せる才能があるのは証明されてるんだから、もう少し楽曲選びにエネルギーをかけたらきっと年間ランキングトップ5レベルの作品が出来ると思うので期待してます。
12.Higher - Chris Stapleton (Mercury Nashville)
今年はアメリカーナというかルーツロック系の作品の当たり年だったと思う(あ、モーガン野郎とかジェイソン・オルディーンとかはカウントしてないからねw)。既にこのランキングに登場したタイラー・チルダーズやリアノン・ギデンズの久々の新作も含めて、トップ10には当然そのうち何作かは入れてるので乞うご期待。それだけでなく、今回上位40位には入らなかった、カントリーではウォーレン・ザイダーズとか、ロック系でもターンパイク・トルバドゥールとか、ルーカス・ネルソン(ウィリーの息子)&プロミス・オブ・ザ・リアルの大きくカントリーに寄り添ったアルバムとか、結構若手の作品に心動くものが多かった気がする。そんな中、今年も終わりに近づいた11月にリリースされたのがこのジャンルではやはり欠かせないクリス・ステイプルトンの新作。出世作『Traveller』以来のタッグで、自身もあの作品でアメリカーナを代表する実力派プロデューサーとしての評価を固めたデイヴ・コッブと今回もがっちり組んで素晴らしい作品を届けてくれた。惜しむらくはもう少し今年の早い時期にリリースされていたら、聴き込み度合いも進んで、トップ10にも入れられたかなあ、とは思う。
そして今回のアルバムで特筆すべきはクリスの奥さんのモーゲインのアルバムを通しての存在感がいつになく大きいこと。『Traveller』の頃からずっとクリスのバックコーラスもやってきたし、リー・アン・ウーマックやリアン・ライムスなど他のカントリーシンガーの楽曲の共作者としても既にシーンでは実績を持っている人なんだけど、今回はそのモーゲインの声がホントによく聞こえてくる。今回クリスとデイヴに加えてプロデューサーとしてもこの作品に関わってるからということなんだろう。曲の雰囲気と、クリスの声にモーゲインの声がコーラスで絡む感じが、往年のクリス・クリストファーソンとリタ・クーリッジのデュエット作の中の一曲を思わせる「It Takes A Woman」などは彼女の存在感が最も際立っている曲の一つ。今回のアルバムの楽曲のクオリティはそれ以外でも平均して高くて、マイナー調に静かに盛り上がっていく「Think I’m In Love With You」、マッスルショールズ風のギターリフと優しいバッキングギターの音が一番素敵だった頃の70年代カントリー・ロックの雰囲気で最高な「Loving You On My Mind」、そして90年代一発屋のセミソニックのダン・ウィルソンとの共作による骨太カントリー・ロック「White Horse」など、聴き所は満載。アコギ一本で情感たっぷりにクリスが弾き語る「Mountains Of My Mind」で静かに終わるこのアルバムは、届けられた秋の時期に相応しい、心に染みる一枚でした。
11.All The Eye Can See - Joe Henry (earMusic)
ジョー・ヘンリーというと、一般的な洋楽ファンに取っては「誰?」という人なのかもしれないな。マドンナの妹の旦那さん、というのがセレブ的な観点からは唯一の話題になる人なんだけど、オルタナティブ・カントリーの分野を振り出しに90年代からコンスタントにアルバムをリリースしながら、ジェイホークス、マーク・リボー、ブラッド・メルドー、ソロモン・バーク、ボニー・レイットといったロック、ソウル、ジャズを問わない様々なアーティストと共演したり、プロデュースしたりしてきた実力派のシンガーソングライター兼プロデューサー。この人が織りなす音像と世界観は、ダニエル・ラノワとかTボーン・バーネットとかに通じる、音数をそぎ落としたサウンドスケープの余韻の中から生まれる力強い音像で、とってもビジュアルな世界を想起させるというもの。自分が彼の音楽を聴きだしたのは、11作目の『Blood From Stars』(2009)からでその後も2〜3年ごとにリリースされる作品を聴いていたが、前作の『The Gospel According To Water』(2019)は中でも壮大な映画のサントラ盤のような圧倒的ビジュアルパワーを持った名盤で、彼の音楽にますます惹かれたものだ。
今回も(いつものように)今年1月にひっそりとリリースされたので、自分がこのアルバムのリリースを知ったのは夏が過ぎようという頃だったろうか。前作よりもアコースティックなサウンドに溢れていて、いつものジョーのややかすれ気味のバリトン・ボイスで淡々とした歌が紡がれていく、その中でも「Yearling」「Kitchen Door」「Pass Through Me Now」といった楽曲には今回ゲスト参加のマディソン・カニンガムやアリソン・ラッセルといった、自分お気に入りの最近の個性的なシンガーソングライター達が、彼同様ひっそりと寄り添うようにコーラスを付けている、そんなアルバム。ポップでもキャッチーでもカッコよくもない。ただ人間ジョーの感情が静かにほとばしっているのが感じられる、そんな作品なので誰にでも勧められないのだが、自分には不思議に迫って来た。年のせいかな、と思ってレコードのジョー自身によるライナーを改めて読んで見ると、何と彼が前作発表直後にステージIVの前立腺がんと診断され、ここ2年間は治療に専念していたが無事に寛解した、とあるのを見て、自分のここ数ヶ月の状況との符合に驚いた。更にジョーの誕生日が自分の誕生日の一日後だというのを発見して、もう他人とは思えなくなって、彼の歌がいっそう自分の胸に迫ってきたのだ。このアルバムでは、世界的なコロナ禍と自分自身のガンとの戦いを経てジョーが辿り着いた今の感情、そしてその過程で失った多くのかけがえのない人々(2020年にコロナで亡くなったジョン・プラインと昨年亡くなった彼の母親のことがライナーノーツで触れられている)を思いながら人の生死というものを見つめているジョーの感情が表現されている。そういうアルバムだからこそ、派手さは皆無なのにこんなに聴く者の心を動かすのだ、とやっと合点がいった。
何とか11位まで来ました。残るはトップ10を残すのみ。何とか大晦日までには完了したいと思ってます。お楽しみに。