レティシア書房店長日誌
古賀及子「おくれ毛で風を切れ」
人気校正者である牟田都子の、書物や仕事への愛情と情熱を綴った「文にあたる」(亜紀書房/新刊1760円)は、ブログで紹介したことがありした。その牟田が「日記文学のオールタイム・ベストに加えたい」と絶賛している古賀及子の「おくれ毛で風邪を切れ」(素粒社/新刊1980円)は、推薦の言葉に負けない素敵なエッセイでした。著者は、前作「ちょっと踊ったりすぐにかけだす」で、「本の雑誌社」の2023年上半期ベスト2位を獲得していますが、その続編がこれです。ただひたすら日々の生活、子供達との会話をもとに書いた本なのですが、不思議に読み始めたら止まらないのです。
「夕方になり学童帰りの娘と落ち合って耳鼻科に寄り、そのあと娘は学習塾の公文へ、私は買い物に行った。それぞれの持ち場で過ごす家族が、必要な時間の枠だけ合流するのはとても興奮する。帰ってずっと使いそびれて冷蔵庫のなかにあった水煮の大豆とこんにゃくを煮た。」こんな風な文章が続きます。
「息子が『今日は何時によるが来る?』と聞く。『詩的にしてみました』と言う。晩ごはんの時間を聞いているのだ。『19時ごろ来ます』と答えた。」という息子や娘との、ちょっと面白い会話もふんだんに登場します。
「前者と後者、どっちがいい?と娘に聞かれた。『前者が何で後者は何なの』と言うと、いや、ただ、前者と後者、とのこと。前を行くのは怖いから後のほうがいいかと思い、『後者』と答えた。すると娘は『私は中者」と言う。ずるい!」
とても素敵な親子の会話だと思います。2019年2月から23年8月までの日記が書籍になりました。そのどこを読んでも、辛いことや苦しいこと、悩ましいことの描写は皆無です。全ての日記が掲載されているのではないので、そういう部分は削除されているのかもしれません。ともあれ、ここには「生きること」=「暮らすこと」の幸福がぎっしりと詰まっているのです。
2020年5月5日の日記に「午後、近所の友人に渡すものがあって会いに行くと小玉のスイカをくれた。夏が集まっていく。」とあります。「夏が集まっていく」って素敵な表現ですね。各種ポイントカードに記入されているポイントを見つめて「人生とポイントは続く」と書いてあると、そうだよねと頷きます。
コインランドリーでのこと。「店内の待ち合い用の椅子に、棒つきのあめをなめながら足組みをしてスマホをみている小学校3、4年くらいの子が腰かけている。おっと思った。かっこいいな。生き慣れている感じ。かっこよさというのはこともなげであることだ。」
著者の観察眼と、的確な文章にして私たちに届けるセンスに満ちた本です。何度も言いますが、日々の暮らしの細部だけを書いてあるのに、めちゃくちゃ面白い。すでに、よく売れています!前作「ちょっと踊ったりすぐにかけだす」も入荷しています。
●レティシア書房ギャラリー案内
2/7(水)〜2/18(日) 「まるぞう工房」(陶芸)
2/28(水)〜3/10(日) 水口日和個展(植物画)
3/13(水)〜3/24(日)北岡広子銅版画展
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