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レティシア書房店長日記

ジョン・クラカワー「WILDNESS AND RISK」
 
 
本書の著者ジョン・クラカワーは、ジャーナリストであり、登山家でもあります。1996年裕福な家の出身の青年が、アメリカ西部を旅し、最後には餓死するノンフィクション「荒野へ」は、日本でもベストセラーになり、ショーン・ペンにより「イントゥ・ザ・ワイルド」と言うタイトルで映画化もされました。

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 「WILDERNESS AND RISK」(新刊/山と渓谷社1760円)は、自然と人をめぐる10のエピソードを収録したドキュメンタリー的なエッセイ集です。ビルの高さより高い波に乗る伝説のサーファー、北米最深の洞窟に潜るNASAの研究者たち、エベレストに命がけで酸素ボンベを運ぶシェルパ、サディストによって運営される青少年向けの荒野での荒療治プログラムの実態、老いてもなお未踏ルートの挑む登山家等の人々を、クールな文体で描きます。
 孤高のサーファー、マーク・フーの悲劇的な死後、彼を死に追いやった海で波に乗るジェフ・クラークをこんな風に描写しています。
「ここにはカメラマンも観客もいなければ、ボートもヘリコプターもない。クラークはただ一人、強大な水の壁を切り裂いて滑り降りる。20年経ったいまでも、この瞬間の喜びは変わらず、震えるような興奮と超越感を与えてくれる。ここ数日で初めて心が晴れるのを感じたクラークは、トラフの上を加速する。そして、背後からうなりをあげて渦を巻き、しぶきを吐き出しながら迫る波にのみ込まれそうになる瞬間、レールを大きく傾けて水面に食い込ませると、鋭く優雅なターンを決めた。」
 また、「エベレストにおける死と怒り」では、ジャーナリストらしい視点で酷使されるシェルパの現状についてレポートとしています。「2004年から2014年までのエベレストにおけるシェルパの死亡率は、2003年から2007年のあいだにイラクに派遣されたアメリカの軍人の12倍にもなるという。」使い捨てにされ、生活も困難を極める現地のシェルパたちの仕事は、一向に安全なものになっていないばかりか、温暖化でますますリスクが高くなっていることが書かれています。
 あるいは、精神的に荒れた若者を過酷な自然の中で鍛え直す「荒野療法」と呼ばれる青少年に施される治療のずさんさ、無謀さを暴露した「愛が彼らを殺した」。最低限の装備で荒々しい大自然の中に放り込まれ、虐待に近いようなやり方で、何人もの少年少女が死亡しているというのです。自然の中で精神を癒やすという考え方はボーイスカウトやナチュラリズムの系譜に通じているらしいのですが、放置されるようなことはありません。荒野療法については、年々規制が厳しくなったり、各地で裁判が起こってますが、まだまだ是正はされていないのが現状だと言います。そのプログラムを実施する一人は言います。「こどもたちを船旅に連れていくんだ。そこならばばかげた規制を守ったり、検査を受け入れる必要もないからな。ものすごくうまくいってるよ。」と。

 実証的に事実を積みあげ、ユーモアあふれる巧みな比喩を時折挿入しながら、詩情豊かな文章で物事の本質をつくクラカワー。人物に対して過度にならない程度の感情移入も魅力的で、アメリカの伝統的な小説を読んでいるような気分になることもありました。。社会からはみ出し生活をないがしろにして、大自然の冒険に飛び込む人たちへの距離感は、著者自身がそうだっただけに、上手い!と思いました。

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