レティシア書房店長日誌
石井美保著「裏庭のまぼろし」
著者は文化人類学者です。これまでタンザニア、ガーナ、インドで精霊祭祀や環境運動についての調査を行ってきました。
2020年夏、コロナ禍で海外調査に出かけることができずにいた頃、度々大阪にある実家に戻り、家の掃除をしたり、畑の世話をしたり、誰もいない家の中で昔の本や、写真を眺めていました。そして、大叔父の遺品の入った箱を手に取り、そこに小さなスケッチブックを見つけます。
「若くして戦死したという大叔父は、どんな人だったのか」と、興味を覚えた著者は家族の歴史にのめり込んでいきます。
若き陸軍将校だった大叔父は、1945年6月沖縄戦で消息を絶ちます。実家の古い蔵にしまわれていた手記や写真、彼の婚約者が80年間持ち続けた手紙。それらを丁寧に読み、自身の家族史と戦争を紐解いてゆくのが本書です。(新刊1980円)
「いまも昔も、ひんやりとした静かな蔵の中はタイムカプセルのようだ。膝に広げた祖父のノートの間から、昔の時が滲み出てくる。過去に生きていた人たちの想念が亡霊のように辺りに満ちて、降り積もった時の層がゆっくりと攪拌される。」
酒屋の跡取りだった祖父は、徴用工へ、そして帝国大学の研究員へと転身し、爆撃機の成層圏飛行の研究に携わリます。それは1943年に発せられた、科学技術動員政策が密接に関係していました。科学技術動員は、軍事力の増強を目的にしていましたが、「それは当時の科学者にとって。研究ポストも拡充と研究費の増額を意味していた。」戦争は不気味な存在であると同時に、「鼻先に差し出されたまたとないチャンスとしての姿をとって現れたのかもしれない。」のでした。著者は、単にノスタルジックに昭和を振り返るのではなく、戦争に関与した一族の者としての”葛藤”を書き記しているのです。
祖父の弟である大叔父は、陸軍将校として海外を転戦していきます。そこで何を感じていたのかが、婚約者への手紙でぼんやりとわかってきます。多くの市民を死に追いやった沖縄戦では、大叔父は一兵士ではなく将校として指揮をとっていました。彼が、市民を見捨て、死に追いやるような作戦を指揮していたのかは、皆目わかりません。しかし著者は、彼が”将校”だったことを憂慮します。
沖縄の海の音を聞きながら、彼は何を思い、何を見たのか。あるいは、見ていなかったもの、いや、見ようとしなかったものは何か?
「それらの痕跡と断片を私は探し歩き、拾い集め、自分の言葉に変えて、もうこの世にいない大叔父や、祖父や祖母たちに伝えなくてはならないような気がしている。そしてまた、彼らがその中に深く巻き込まれ、それを駆動してもいたあの戦争によって死に至らしめられた人たちに、捧げるように手渡さなくてはならないと。死者たちの言葉をたどり、生き延びた人たちの声を聞き、それをいま生きている人たちに伝えるだけではなく、死者たちの元へ送り還そうとすること。」
本書のサブタイトルは「家族と戦争をめぐる旅」です。戦地から届いた手紙は、もう今や想像すらできなくなった戦時中の暮らしを蘇らせます。そして戦争に巻き込まれ、あるいは加担した家族の姿が迫ってきます。力強い一冊です。なお、表紙絵および挿入されている絵は、著者の姉で銅版画作家のイシイアツコの作品です。
●レティシア書房ギャラリー案内
9/18(水)〜9/29(日) 飯沢耕太郎「トリロジー冬/夏/春」刊行記念展
10/7(水)〜10/13(日) 槙倫子版画展
10/30(水)〜11/10(日) 菊池千賀子写真展「虫撮り2」
⭐️入荷ご案内
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本3」(660円)
おしどり浴場組合「銭湯生活no.3」(1100円)
岡真理・小山哲・藤原辰史「パレスチナのこと」(1980円)
GAZETTE4「ひとり」(誠光社/特典付き)1980円
スズキナオ「家から5分の旅館に泊まる」(サイン入り)2090円
「京都町中中華倶楽部 壬生ダンジョン編」(825円)
坂口恭平「その日暮らし」(ステッカー付き/ 1760円)
「てくり33号ー奏の街にて」(770円)
「アルテリ18号」(1320円)
「オフショア4号」(1980円)
「うみかじ9号」(フリーペーパー)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
青木真兵&柿内正午「二人のデカメロン」(1000円)
創刊号「なわなわ/自分の船をこぐ」(1320円)
加藤優&村田奈穂「本読むふたり」(1650円)
オルタナ旧市街「Lost and Found」(900円)
孤伏澤つたゐ「悠久のまぎわに渡り」(1540円)
森達也「九月はもっとも残酷な月」(1980円)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
オルタナ旧市街「Lost and Found」(900円)
TRANSIT 65号 世界のパンをめぐる冒険 創世編」(1980円)