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レティシア書房店長日誌

伊藤比呂美「森林通信」
 
 詩人の伊藤比呂美の、ベルリン滞在記というべき本です。(新刊1980円)
 「2022年は、鴎外生誕160周年、そして没後100周年の、ダブル鴎外イヤーだったのである。 鴎外ラブ!の私としては、これまでのうっぷんをはらすためにも(2016年は夏目漱石没後100年、2017年は夏目漱石生誕150年と続いて、漱石関係はお祭り状態だった)、大いにさわぎたい。しかしあいにく熊本の人々は(店長・注:著者は熊本に住んでいました)、阿部一族の縁があるのに、漱石で心がいっぱい(漱石旧居が市内に2か所現存する。1か所は私の家から歩いて行ける距離だったが、2016年の熊本地震にやられてそのまま閉じている)。その上折からのコロナ禍が、累々3年目に入り、何もする気になれないのだった。 それで私はドイツに行こうと考えた。」

 ベルリン自由大学のプログラムで、研究者や作家を招聘する制度があり、それに乗っかって、いざベルリンへ!著者の愛してやまない森鴎外も1884年から4年間ベルリン、ミュンヘンに留学していましたし、鴎外のことをゆっくり考えてみる機会でした。
 私にとって、鴎外は遥か彼方の作家でした。小説「高瀬船」は面白かったけど、「舞姫」は退屈……。本書を通じて鴎外のイメージは変化するのかと期待して読んで、実際その通りになりました。
 本書は鴎外論というのではなく、ベルリンやその近郊で多くの人たちと出会い、話をして、その刺激の中で、何を考えたのかを日記風に、私小説風に描いたものです。だからドイツ旅行記でもないし、もちろん観光案内でもありません。
 「6月のベルリンはひとつの大きな森だった。街だとか都市だとか思っていた。大間違いだった。今までこの季節に来たことがなかったからわからなかった。森の中に街を機能させる道があり、バスが走り、人の住む家や店やあった。ときには地下鉄が掘られていた。でも全体は森の中に埋没していた。」と、森に埋没しているようなベルリンの、森についての、描写が数多く登場します。面白かったのは著者の住んでいた熊本で、数百本の街路樹を伐採する方針が決定されたことについての反論です。
 「私の意見は、たぶん日本の熊本の中では極北で、自然は一切合切そのままにしておきたい。人の不便はどうでもいい。人がぶち壊した自然を取り戻したい。人の営為が何もかも憎い。かなり不穏なことを考えながら、河原や山を歩いている。その河原も山も、人が作って整備したものだ。でなければ歩くこともできず、近寄れもしない。自然が、というと、人はそういうのである。『でもこれだって人が作ったものですよ』 まるで、だから、人が、今後もそれを壊し続け作り続けなければいけないみたいに。 人は下がれ、手を放せ。 そう思うが、顔や口には(なるたけ)出さずにいる。」
 過激で、どこか屈折している自分の心情をさらりと書いているので、何度も、えっ?そうなのと読書が止まったこともありました。
 さて鴎外に戻ると、現代的アプローチでクラシックの新しいサウンドを創造した鴎外と同時代の音楽家、ドビュッシーを取り上げて、ドイツで聞いた感想をこう書いています。
「鴎外と同時代の音だった。文章からと、ピアノからと、聞こえてくる音が同じだった。スピードも、雑音も、自動車や電車を知りはじめた時代の人の、あの戦争やこの戦争の空気の中で、何か大きなもの、ふたりにとってはドイツ的な音だの声だのを否定して、これから来る調性の無い世界を、第一次世界大戦を、にらみつけて踏ん張っている人の音だった。」
 クセのある作家のクセのある文体ですが、一緒にベルリンの街をぶらりぶらりと散策してみませんか。

●レティシア書房ギャラリー案内
5/8(水)〜5/19(日)ふくら恵展「余計なことかも知れませんが....」
5/22(水)〜6/2(日)「おすよ おすよ」よしだるみ新作絵本出版記念原画展
6/5(水)〜6/16(日)村瀬進「植物から、本から」出版記念原画展
6/19(水)〜6/30(日)書籍「草花の便り」出版記念原画展 西山裕子

⭐️入荷ご案内
坂巻弓華「寓話集」(2420円)
村松圭一郎「人類学者へのレンズ」(1760円)
きくちゆみこ「だめをだいじょうぶにしてゆく日々だよ」(2090円)
森田真生「センス・オブ・ワンダー」(1980円)
友田とん「パリのガイドブックで東京の町を闊歩する3 先人は遅れてくる」(1870円/著者サイン入り!)
川上幸之介「パンクの系譜学」(2860円)
町田康「くるぶし」(2860円円)
Kai「Kaiのチャクラケアブック」(8800円)
安西水丸「1フランの月」(2530円)
早乙女ぐりこ「速く、ぐりこ!もっと速く!」(1980円)
上野千鶴子「八ヶ岳南麓から」(1760円)
つげ義春「つげ義春が語る旅と隠遁」(2530円)
山本英子「キミは文学を知らない」(2200円)
たやさないvol.4「恥ずかしげもなく、野心を語る」(1100円)
花田菜々子「モヤ対談」(1870円)
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本」(660円)
夏森かぶと「本と抵抗」(660円)
加藤和彦「あの素晴らしい日々」(3300円)
Troublemakers (3600円)
若林理砂「謎の症状」(1980円)
「たやさないvol.4」(1100円)

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