レティシア書房店長日誌
関直美「Yes,Noh」
能舞台は、たとえ主役(シテ)が倒れても中止はあり得ません。何事か起これば、舞台後方に座る後見役が引き継いで舞台を進めます。平成10年、金春流宗家の喜寿の祝いで舞った老女小野小町の能作品「関寺小町」。その舞台でシテ(主役)が倒れました。シテである宗家は、舞台上の後見の座にひきずっていかれ、後見が扇を受け取り続きを演じられました。この舞台を息をのんで見ていた著者は、小野小町の老いの哀しみを切に感じ、同時に自身の舞台を最後まで勤められなかった宗家の無念にも思いを馳せ、そしてお能に魅せられていきます。それまでのキャリアを捨ててこの古典芸能の世界へ飛び込みます。34歳でした。
本書「Yes,Noh」(新刊2750円)は、全くお能の世界とは関係なかった著者が、新しい世界に挑戦する様を描いた物語です。著者は1964年帯広生まれ。母親は茶道の先生で、自宅には多くのお弟子さんがお稽古に来るような環境でした。彼女は当時、お能には全く興味もなく、さらにはお茶の先生にもなりませんでした。ビジネスウーマンになんとなく憧れていた彼女は、東京でビジネススクールに入学し、一人暮らしを始めます。やがて、大手ゼネコンに就職しますが、自分の居場所ではないという思いが湧き上がり、「海外で生活するってどんな感じだろう」と会社を辞めて、ニューヨークへ渡ります。どんな所でも、生きていける力を持っていたのだと思います。大学へ入学して修士課程まで進みます。このままこの地で生きることも可能だと思われたその時、母親の体調が悪化してしまいます。帰国して母を見送ったその頃に、例の「関寺小町」に出会います。そして能楽師になりたいと思いがフツフツと湧き上がってきます。しかし、他の古典芸能と同様に能楽師でもない家の、しかも女性が能舞台に上がるなんて不可能ではないかと彼女は悩みます。
でもあるんですね、道が。東京芸術大学音楽部邦楽科能楽専攻コースを卒業すると、能の宝生流に入門し、能楽師への道が開けるのです。もちろん、彼女は猛勉強して難関を突破して入学後、能楽関係者の子弟が多い中、一人場違いな感じを持ちながらもさらに勉学に励みます。卒業後、プロの能楽師としてデビューし、シテ方に登りつめます。
基本的に、やればできるとか夢は叶う的なものは、好きではないのですが、能楽が個人的に好きなことと著者の文章が、いかにも頑張りましたみたいなところもなく、どこか奥ゆかしい表現力に好感を持ちました。
「創始から、能楽というものは、男性が演じる事を前提に作られ、長い間男性によってのみ演じられたきました。主人公が女性の役であっても、『男性が扮した女性』の表現に、数百年来の工夫が凝らされています。従って女性がそのまま女性を演じては、お役を演じる事にはならないのです。そのため、私達が女性の役を演じる場合は、一度男性の力強さを畜えてから、そこから改めて女性を演じることになります。女性の場合は男性よりもひと手間多くなります。」と女性能楽師の苦労や困難についても、本書で語っています。
能楽師として舞台で活躍する写真も数多く収録されていて、どれもカッコいい。お能という芸能についての解説も簡潔な文章で書かれています。ちなみに、1948年に5名の女性が初めて能楽協会に所属を許され玄人として認められ、2004年に22名の女性能楽師が、史上初めて国の無形重要文化財総合指定に認定されました。現在宝生流の女流能楽師は、全員藝大卒だそうです。
●レティシア書房ギャラリー案内
10/7(水)〜10/13(日) 槙倫子版画展
10/16(水)〜10/27(日)永井宏「アートと写真 愉快のしるし」
10/30(水)〜11/10(日)菊池千賀子写真展「虫撮り2」
⭐️入荷ご案内
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本3」(660円)
おしどり浴場組合「銭湯生活no.3」(1100円)
岡真理・小山哲・藤原辰史「パレスチナのこと」(1980円)
GAZETTE4「ひとり」(誠光社/特典付き)1980円
スズキナオ「家から5分の旅館に泊まる」(サイン入り)2090円
「京都町中中華倶楽部 壬生ダンジョン編」(825円)
「てくり33号ー奏の街にて」(770円)
「アルテリ18号」(1320円)
「オフショア4号」(1980円)
「うみかじ9号」(フリーペーパー)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
青木真兵&柿内正午「二人のデカメロン」(1000円)
創刊号「なわなわ/自分の船をこぐ」(1320円)
加藤優&村田奈穂「本読むふたり」(1650円)
オルタナ旧市街「Lost and Found」(900円)
孤伏澤つたゐ「悠久のまぎわに渡り」(1540円)
森達也「九月はもっとも残酷な月」(1980円)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
オルタナ旧市街「Lost and Found」(900円)
TRANSIT 65号 世界のパンをめぐる冒険 創世編」(1980円)
SAUNTER MAGAZINE Vol.7 「山と森とトレイルと」
いさわゆうこ「デカフェにする?」(1980円)