レティシア書房店長日誌
星野博美「世界は五反田から始まった」
今、私が一番注目しているノンフィクション作家です。著者は東京の戸越銀座に暮らしています。実家は祖父の代から小さな町工場を営んでおり、年老いた父親が廃業するまで続けていました。本書はその彼女が育った街、五反田から見た近現代史を描いた一冊です。(新刊1980円)
歓楽街の集まる五反田駅周辺を中心とした半径約2キロメートルの円を著者は〈大五反田〉と名付け、よく知った界隈を歩いていきます。
「この半径約2キロの『大五反田円』を、私はレーダーの感知範囲、あるいは猫のテリトリーのように認識していて、ここに何かが入ってきたり事件が起きたりすると、その地点がピコピコ点滅し、自動的に関心を寄せる精神構造になっている。」関西の人間には馴染みのない地域かもしれませんが、360ページの大著を読んでいると、この街が身近になってきます。
著者は、死の直前に祖父の遺した手記を見つけ、その短い手記で空白になっている部分の資料を集め、図書館を回り、関係者に話を聞き、徹底的に埋めていきます。その努力たるや、もう凄い!
もとは「コンニャク屋」という変な屋号を持っていた漁師だった祖父が、東京に来たのは1916年のこと。(著者は「コンニャク屋漂流記」というタイトルで一族を追ったノンフィクションを出版しています。)最初は、町工場の丁稚として身を粉にして働きます。やがて、独立して部品工場として成長していきます。時は、戦争がすぐ迫ってきている時代。普通に機械部品を作っていた工場は、国の命令で戦争に使われる武器等の部品を作る工場になっていきます。著者はこう書いています。「うちも、戦争に加担していたのである。」と。
「私の小学校時代の同級生、ゆみちゃんの両親がパラシュートを作っていた藤倉航装は、昭和14年に藤倉工業から分社した。その藤倉工業の五反田工場を舞台に書かれたのが、小林多喜二の『党生活者』なのである。」プロレタリア作家として名を残した小林の世界が蘇ってきます。
さらに工場地帯としての発展や満蒙開拓団の歴史を調べていきます。
「満蒙開拓団といえば、農村部、特に自らの耕作地を持たない農家の次男、三男が中心というイメージを抱きがちだ。しかし東京は毛色が異なる。東京から満州へ渡った人の多くは『転業開拓団』だったのだ。」様々な商売をしていた多くの人々が、国のいいなりになって満州に送られたのです(その殆どは帰国が叶わなかった)
そして東京大空襲へ。本書の後半は度重なる東京爆撃の中で、人々が何を考え、どう行動したかが詳細に描かれます。「ここが焼け野原になったら、ただちに戻って敷地の周りに杭を打て」というのが祖父の教えです。空襲のどさくさ紛れに人の土地を奪う者がいるからです。
戦争から数十年、様変わりした「いま」の風景の向こうをめくり上げるように当時を描く著者の視線が、浮かび上がらせていくもの。謎を解いていくように家族の歴史を描き、戦前からの町の変遷を大きな歴史へとつなげる手法に、のせられて一気に読んでしまいました。傑作!
●レティシア書房ギャラリー案内
10/7(水)〜10/13(日) 槙倫子版画展
10/16(水)〜10/27(日)永井宏「アートと写真 愉快のしるし」
10/30(水)〜11/10(日)菊池千賀子写真展「虫撮り2」
⭐️入荷ご案内
岡真理・小山哲・藤原辰史「パレスチナのこと」(1980円)
GAZETTE4「ひとり」(誠光社/特典付き)1980円
スズキナオ「家から5分の旅館に泊まる」(サイン入り)2090円
「京都町中中華倶楽部 壬生ダンジョン編」(825円)
「てくり33号ー奏の街にて」(770円)
「アルテリ18号」(1320円)
「オフショア4号」(1980円)
「うみかじ9号」(フリーペーパー)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
青木真兵&柿内正午「二人のデカメロン」(1000円)
創刊号「なわなわ/自分の船をこぐ」(1320円)
加藤優&村田奈穂「本読むふたり」(1650円)
オルタナ旧市街「Lost and Found」(900円)
孤伏澤つたゐ「悠久のまぎわに渡り」(1540円)
森達也「九月はもっとも残酷な月」(1980円)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
オルタナ旧市街「Lost and Found」(900円)
TRANSIT 65号 世界のパンをめぐる冒険 創世編」(1980円)
SAUNTER MAGAZINE Vol.7 「山と森とトレイルと」
いさわゆうこ「デカフェにする?」(1980円)
「新百姓2」(3150円)