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レティシア書房店長日誌

片岡千歳「古本屋 タンポポのあけくれ」

 
夏葉社の新刊「古本屋 タンポポのあけくれ」(2860円)は、高知にあった古書店「タンポポ書店」を、夫と共に切り盛りしていた片岡千歳さんの人生を振り返るエッセイ集です。1935年、山形生まれ。若い書店主が書かれるような”スマートな”エッセイではありませんが、穏やかで、暖かく、優しい文章です。。

 『古本屋の戦後』という章では、こんな文章でご自分の人生を振り返っています。
「『タンポポ書店』は昭和三十八年創業ですから、『古本屋の戦後』というこのシリーズからはピントがはずれていることをお断りしておきます。
夫はさまざまな仕事の遍歴のすえ、生活の安定を考えて警察官になりました。そのころ私たちは結婚しましたが、夫は警察官になりきれなくて辞めてしまいました。  『暮らしの手帳』で、自転車で立場まわりをする古本屋さんの記事を読んでヒントを得た夫は、古本屋を開業することにしました。昭和三十八五月のことです。資本は、三千円で買った自転車と、自分達のささやかな蔵書、立場まわりの資金三千円、それとなにより二十七歳という若さでした。」(立場(たてば)とは、リサイクル紙の原料を扱う古紙回収業者のこと)
 最初は、骨董屋を営業していた実家の一部に本を置きスタート。それから、駅前に4坪ほどの貸店舗を見つけ、看板や本棚を手作りで製作して営業を始めます。「長女が二歳になっていて、親子三人の生活は食べるのがやっとでした。」
 さぞ苦労されたのだと思いますが、本の中にはそんな苦労話や、深刻なエピソードは全くありません。店に立って、お客様と会話し、来られた方と一緒にお探しの本を探す、その喜びに満ち溢れています。
 著者は詩人としても何冊か詩集を残しています。だから、お店にも詩集がどんどん増えていきます。そんな詩集を求めてやってくる多くの人たちとの交流が、懐かしさを交えて描かれています。読んでいて、昭和の時代に慎ましい商いをしている人の温もりがじんわりと胸に入り込んできました。立場に段ボールや古雑誌を運んでくる夫婦との会話の中に、こんなものがありました。
「もったいない、が、古本屋の心やからね。ここへ集まってきたものは、私が拾わなかったらただの紙の原料にされてしまう。」これ、古本屋だけでなく、新刊本屋も肝に命じておく一文です。販売データに左右されて、その一冊を求めるお客様に提供することをやめた経営に先はないと思って、私は新刊本屋を辞めたのですから。
 「タンポポ書店」は、平成四年にご主人がなくなり、同年閉店。2008年、著者も天寿を全うされました。本書は、2004年にタンポポ書店から刊行されたものを復刊したものです。
 最後にご子息がこんな文章を書かれています。
「人は肉体が亡くなった後に、その存在を忘れられていくことで、本当の意味で亡くなるのだと思います。母を知る人たちも徐々に少なくなっていきます。身内以外に思いを残す方々もいなくなったものと思っていたところに、『古本屋タンポポのあけくれ』を復刊したいと、夏葉社の島田さんからお話をいただきました。  もう二十年近く前の商業向けでもない個人的な本に思いが寄せられていることに驚きと、喜びを感じました。母に会ったことのない人たちが、本の中で母に親しんでくれていることを、何よりうれしく思いました。」

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