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レティシア書房店長日誌

廣川まさき「ウーマンアローン」
 
 「カヌーを漕ぐのも、川を下るのも、野生動物の生息する原野でのキャンプも、何もかもが初めてだった。カヌーの漕ぎ方も知らない。そんな船長を乗せてしまったカヌーは、ただバタバタと水を叩き、あれこれと積みこんだ荷物のバランスの悪さに、くるくると翻弄される流木のようにまわっていた。」
 アラスカの大地に眠る安田恭輔に憧れていた著者は、彼のいたビーバー村へ向かって、カナダ〜アラスカを流れる大河ユーコン川を1500キロ、たった一人で旅立ちます。これを「無謀」と言わずしてなんと呼ぶのか!しかし、本人は「全部、実戦で学んでいくよ」と平気です。

 大体、安田恭輔って誰?と、思いますよね…..。新田次郎の小説「アラスカ物語」の主人公で、約100年前の1900年前後、クジラ乱獲で、クジラが激減していた時代、安田は北極海沿岸警備船のクルーでした。航海の最中、突然の寒波で船が、氷に閉ざされ北極海で立ち往生します。その時、安田はひたすら氷上を歩き、沿岸にあるエスキモーの村に奇跡的に到着し、救援を求めました。その後、彼は船に戻らずに村に残りエスキモーの人々と暮らし始めますが、彼らの主食のクジラが取れなくなり、飢えが広がります。安田は、それまでの捕鯨中心から、哺乳類や鳥類を狩猟する内陸狩猟生活への転換を目指して、壮大な物語が続きます。
 著者は「安田恭輔が生きたその土地を訪れてみたい」と思い立ち、道路がないビーバー村へ、飛行機で飛ぶでも、ボートで一気に川を行くのでもなく、「迷いもなく、私はカヌーを選んでいた。」と書いています。本書は、その旅の記録です。(古書700円)
 ユーコンは女一人で行けるところではないという周囲の意見には、女だからってなんだ!と奮い立ち旅を決行します。しかし出発前に、準備した荷物は盗難にあい、風邪をこじらせ、挙句に車が故障と散々なスタートです。しかし、「旅の間に心配されたことが、ユーコン川への出発前に全て起こったのだ。考えてみれば、処理できるうちに悪いカードを使ってしまった。川旅の途中で盗難にあい、キャンプ道具や荷物を失い、独り冷たい雨に打たれている自分など想像もしたくない。」と、もう200%ポジティブに考えるのです。
 ユーコン川に乗り出してもが、失敗、試行錯誤のオンパレードですが、彼女はこう考えます。「私にとって試行錯誤とは、まるで宝探しのように、また発明でもするかのように楽しい自習時間だった。」
 彼女が旅する流域はグリズリーなど野生の熊の生息地です。銃を持っていくのが常識なのですが、ユーコン川を旅する人たちに、銃を持ってるの?と訊ねると、62歳になるシェリーがこう言います。「銃を持つとね、よけいにあなたが弱くなるわよ。」迷った末に彼女は持って行きません。「銃を懐に隠していては、自然と真正面から向き合えないような漠然とした思いもあった。」
 様々な危機を突破し、死の一歩手前までいったとき、彼女はユーコン川に、何度も語りかけます、「Are you gonna kill me? or hug me?」(あなたは私を殺してしまいますか? それとも、私を抱いてくださいますか?)「大自然を前に、人間はあまりに小さい。しかし私は、いつも信じていた。ユーコンの自然は、必ず私を抱いてくれる。そして、大自然に抱かれる人間になりたいと思った。」
 一人の女性の冒険旅のノンフィクションですが、手に汗握ったり、どうするの?と不安になったり、いい人に出会ったねと拍手したりと、小説を読む醍醐味を感じた一冊でした。第二回「開高健ノンフィクション賞」受賞作品です。

●レティシア書房ギャラリー案内
8/21(水)〜9/1(日) 「わたしの好きな色」やまなかさおり絵本展
9/4(水)〜9/15(日) 中村ちとせ 銅版画展
9/18(水)〜9/29(日) 飯沢耕太郎「トリロジー冬/夏/春」刊行記念展

⭐️入荷ご案内
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本2」(660円)
些末事研究vol.9-結婚とは何だろうか」(700円)
夕暮宇宙船「小さき者たちへ」(1100円)
「超個人的時間紀行」(1650円)
柏原萌&村田菜穂「存在している 書肆室編」(1430円)
稲垣えみ子&大原扁理「シン・ファイヤー」(2200円)
くぼやまさとる「ジマンネの木」(1980円)
おしどり浴場組合「銭湯生活no.3」(1100円)
岡真理・小山哲・藤原辰史「パレスチナのこと」(1980円)
GAZETTE4「ひとり」(誠光社/特典付き)1980円
スズキナオ「家から5分の旅館に泊まる」(サイン入り)2090円
向坂くじら「犬ではないと言われた犬」(1760円)
「京都町中中華倶楽部 壬生ダンジョン編」(825円)
坂口恭平「その日暮らし」(ステッカー付き/ 1760円)
「てくり33号ー奏の街にて」(770円)
「アルテリ18号」(1320円)
「オフショア4号」(1980円)
「うみかじ9号」(フリーペーパー)

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