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レティシア書房店長日誌
雑賀恵子「紙の魚の棲むところ」
本書の著者を知らなかったのですが、何でこの本を読んだのかというと、次のような文章を見つけたからです。(古書/1900円)
第1章「終わらない確認」の冒頭の部分です。
「うだるような暑さ、というのは全くの常套句で、扉を開けて外に出ると、熱気が物質みたいにたちはだかって、体を動かすのも重い感じがする。湿気を含んでいるからというのではなく、熱が籠ると空気がなにか堅く、質量のあるものに変わってしまったかのように、肌を押してくる。一年の光のすべてを集めたかのような真白い午後。脳味噌が煮えて溶け出していく頭痛に悩まされ、耳鳴りも酷く、なにかものを考えようにも煙のように消えてしまい、無駄だとわかりながら鎮痛剤を必要時間をおかずに数時間ごとに放り込む。」
えっ、これ京都の夏やん?と思い、著者略歴を見ると、京大卒で農業原論が専門で、京都在住の方でした。やっぱり。酷暑の京都のあり様をドンピシャに書いた文章だと思いました。
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もう一つ、読書欲をそそられたのが、「前のみり、つんのめって」の章で、映画監督ピーター・ジャクソンについての言及でした。大作「ロード・オブ・ザ・リング」の監督として有名ですが、それ以前はB級のスプラッタムービーを作っていました。私は幸か不幸か?わけわからんゾンビ映画「ブレインデッド」を見ていました。著者も観ていたんですね!嬉しいです!
「ゾンビになった母親たちを地下室に隠し精神安定剤入りのコーンフレークを与えて世話をしたり、神父がカンフーでゾンビをやっつけようとしたり、そのうち返り討ちにあったゾンビ神父とゾンビ看護婦が閉じ込められた地下室でデキてしまってドロドロに腐ったゾンビ赤ちゃんを産んだり、最後は間違って動物用興奮剤を打たれたゾンビたちがぐっちゃぐっちゃの果てに『AKIRA』(大友克洋)の鉄雄の様に巨大化したり。」あのゾンビ映画の破茶滅茶さを、こうも描くか!と拍手したくなって、読み始めました。
とはいえ、本書はサブカル解説本ではありません。それどころか論じられているのは、武田百合子、こうの史代、石牟礼道子、宮沢賢治、大江健三郎らの作家や、赤塚不二夫、立川談志などその世界でトップクラスの人たちです。
手強いです......。文章、論理、言葉。どれを取っても吟味しながら読まないと、頭がこんがらがってきます。どこだ、この本を出したのはと調べてみると「青土社」、雑誌「ユリイカ」の版元。あとがきで著者は、「ポツリ、ポツリと『ユリイカ』に書いたものを集め、手に入れてまとめたのがこの本です」と書いていました。なるほど、あの雑誌らしいです。
映画「ブレインデッド」から秀逸な赤坂不二夫論への展開や、哲学的な内容を保持している「アンパンのマーチ」の解説から、やなせたかしの正義論へと持ってゆく展開はスリリングです。
「弱いものが弱さを誇りとし、弱さのまま、もっとも小さきものに、みずからの持てるものを分かち与える、これがやなせのいう『ほんとうの正義』なのだろう。」という論旨には、なるほどと頷きました。
著者の文章に刺激を受けつつ、一方で理解がついてゆかず途方にくれた部分もありましたが、書架に置きたい一冊です。著者が同居していた二匹の猫の名前が”内蔵助”と”勘九郎”で、歌舞伎ファンがニンマリするところを読んでしまったのも、本書に」親しみを感じた要因かもしれません。
●レティシア書房ギャラリー案内
8/21(水)〜9/1(日) 「わたしの好きな色」やまなかさおり絵本展
9/4(水)〜9/15(日) 中村ちとせ 銅版画展
9/18(水)〜9/29(日) 飯沢耕太郎「トリロジー冬/夏/春」刊行記念展
10/7(水)〜10/13(日) 槙倫子版画展
⭐️入荷ご案内
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本3」(660円)
「超個人的時間紀行」(1650円)
柏原萌&村田菜穂「存在している 書肆室編」(1430円)
稲垣えみ子&大原扁理「シン・ファイヤー」(2200円)
くぼやまさとる「ジマンネの木」(1980円)
おしどり浴場組合「銭湯生活no.3」(1100円)
岡真理・小山哲・藤原辰史「パレスチナのこと」(1980円)
GAZETTE4「ひとり」(誠光社/特典付き)1980円
スズキナオ「家から5分の旅館に泊まる」(サイン入り)2090円
向坂くじら「犬ではないと言われた犬」(1760円)
「京都町中中華倶楽部 壬生ダンジョン編」(825円)
坂口恭平「その日暮らし」(ステッカー付き/ 1760円)
「てくり33号ー奏の街にて」(770円)
「アルテリ18号」(1320円)
「オフショア4号」(1980円)
「うみかじ9号」(フリーペーパー)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
青木真兵&柿内正午「二人のデカメロン」(1000円)
創刊号「なわなわ/自分の船をこぐ」(1320円)
加藤優&村田奈穂「本読むふたり」(1650円)