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レティシア書房店長日誌

吉川トリコ「余命一年 男をかう」
 
 とある地方都市に住んでいる主人公の唯は、営業事務としてもう20年ほど勤務しています。新聞は会社で読み、本は古本か図書館、服はプチブランド、食品や化粧品は大手量販店、美容院代がもったいないので髪は伸ばしっぱなしで一つに括り、交通費を浮かすために職場まで毎日歩き、時間と金の無駄な宴会はパスして、と、ひたすら「すべては穏やかでコスパのいい老後のために行なっている」毎日です。もちろん、貯蓄はガッチリです。同僚に何が楽しいの?と問われても「何の楽しみをなく、ただ生きているだけの人間がいたってよくないですか?」と答えます。
 そんな、彼女が無料検診で健康診断に臨んだところ、子宮頚ガンがかなり進んでいて、命は一年ほどしかないと宣告されます。えぇ〜どうしよう?と
思っていたその時、髪の毛をピンクに染めたチャラい男が、「おねーさん、お金貸してください」と言いよってきました。はぁ?という顔をしていると、その男の父親が入院しているのだが、費用の工面ができずに追い出されるとのこと。普通なら速攻拒否なのですが、唯は全額貸してあげます。その男はホストでした。

 「はじめてがん告知を受けた。 はじめて医者に詰め寄った。 はじめて余命宣告を受けた。 はじめて人に金を貸した。 はじめてタクシーの料金を自分で払った。 はじめて男の人と風呂に入った。 はじめて男を買った。 四十年生きてきて、ここまではじめて尽くしの一日があっただろうか。」男に70万円余を貸して、そして彼女は彼を買ったのです??
 「あと一年で死ぬ 一年は無理でも二、三年のうちには。 いらぬフリルがついていたものの、医師からそう告げられたとき、ひゅっと腹の底が冷えるような感覚をおぼえた。たぶん、生存本能のようなものが反射的に働いたんだろう。 これでやっと楽になれる、これでもう生きなくて済むんだと思ったら、ぬるま湯に浸されるように時間差でじわじわ安堵がこみあげた。」
 そんな人生観を持った彼女と、若いホスト瀬名の奇妙な交際が始まります。少しづつお互いを知り、変わってゆく二人。そして、彼女は自分の全財産を瀬名にあげると言いだすのです。
 「私は、いままさに人生でいちばん大きな衝動買いをしようとしていた。バンジージャンプどころじゃない。地上五千メートルからのスカイダイビングだ。 『だから結婚しよう』 長いあいだ女は王子様を待ちわびるばかりで、うやうやしくガラスの靴を差し出すのはいつだって男の役目だった。だけどそろそろ男と女をひっくりかえしたってよくないか。」
 これ、コールガールだった女性をお金の力でセレブに変えてゆく映画「プリティーウーマン」の逆バージョンです。(ラストで、この映画も登場してシニカルな会話が繰り広げられます)軽妙なやりとりと唯のビシバシと決めてゆく姿の良さで、どんどん読んでいきました。後半、お互いの家族の物語が絡んでくるとシビアになってきますが、面白さはラストまで切れません。それは保証できます。このフツウではない結婚生活、そして余命約一年の唯の人生。でも、幕切れはハッピーエンド(中ぐらいの)に落ち着くのです。小説の楽しさ満杯の作品でした。(古書800円)
 「一人では生きていけないように設定された職業に、いまなお多くの女性たちが就いているということがそもそもの問題だという気がする。女性の非正規雇用率が5割を超える日本で、正社員でいられる私は恵まれている方だと思うが、そう思わされている時点で何かが絶対に狂っている。」世の中に出ようとする女性たちに与えられている選択肢の少なさについて、唯が思っていることは、この国の現状を見事に表現しています。

レティシア書房ギャラリー案内
2025年 1/8(水)〜1/19(日)古本市
1/22(水)〜2/2(日)「口を埋める」豊泉朝子展

⭐️入荷ご案内
「京都町中中華倶楽部 壬生ダンジョン編」(825円)
「オフショア4号」(1980円)
青木真兵&柿内正午「二人のデカメロン」(1000円)
オルタナ旧市街「Lost and Found」(900円)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
SAUNTER MAGAZINE Vol.7 「山と森とトレイルと」

いさわゆうこ「デカフェにする?」(1980円)
「新百姓2」(3150円)
青木真兵・光嶋祐介。白石英樹「僕らの『アメリカ論』」(2200円)
坂口恭平「自己否定をやめるための100日間ドリル」(1760円)
「トウキョウ下町SF」(1760円)
モノ・ホーミー「線画集2『植物の部屋』(770円)

古賀及子「気づいたこと、気づかないままのこと」(1760円)
いしいしんじ「皿をまわす」(1650円)
黒野大基「E is for Elephant」(1650円)
ミシマショウジ「茸の耳、鯨の耳」(1980円)
comic_keema「教養としてのビュッフェ」(1100円)
太田靖久「『犬の看板』から学ぶいぬのしぐさ25選」(660円)
落合加依子・佐藤友理編「ワンルームワンダーランド」(2200円)
秦直也「いっぽうそのころ」(1870円)
折小野和弘「十七回目の世界」(1870円)
藤原辰史&後藤正文「青い星、此処で僕らは何をしようか」
(サイン入り1980円)
YUMA MUKUMOTO「26歳計画」(再々入荷2200円)
モノホーミー「自習ノート」(1000円)
コンピレーション「こじらせ男子とお茶をする」(2200円)
牧野千穂「some and every」(2500円)
マンスーン「無職、川、ブックオフ」(1870円)
笠井瑠美子「製本と編集者」(1320円)
奈須浩平「BEIN' GREEN Vol.1"TOURISM"」
小野寺伝助「クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書」(825円)
小野寺伝助「クソみたいな世界で抗うためのパンク的読書」(935円)




 

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