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レティシア書房店長日誌

信陽堂の出す本はどれもステキだ!

 2010年に設立された出版社「信陽堂」は、丹波史彦さんと井上美佳さんのお二人で経営されている版元です。
 「信陽堂は本作りとその周辺を仕事とする小さな事務所です。
屋号の「信陽堂」は、50年ほど前までこの地・千駄木で井上の祖父が営んでいた紙器製作所(紙の箱屋さん)の名前を引き継ぎました。

焚き火のまわりに集まって、見聞きしてきたことを分かちあうような、
鳥の声や風の音になぞらえて歌を紡ぐような、
私たち信陽堂が選んだ仕事は、
例えてみればそのようなことだと考えています。」

 出される本は、どれも手に持った瞬間に、あぁ、いい本!という感覚が湧き上がります。色合い、判型、デザイン、装丁のどれを取っても端正な仕事だと思います。

 最近出た文庫サイズの「セツローさんの随筆」(2200円)は、小野節郎さん初の随筆集です。周囲から”セツローさん”と呼ばれていた彼は1929年岡山生まれ。長く病院のレントゲン技師として働きながら、洋画家として活動されてきました。その一方で文章も書く人で、身の回りの暮しのこと、自分のことなど飾らない文章で綴ってあります。文章と一緒に収録されている彼の絵もステキです。長男は高知在住の陶芸家・小野哲平さん、哲平さんの妻である布作家早川ユミさんと「二人展」「三人展」を各地で開かれたとのことです。
 2017年節郎さんは亡くなり、今回随筆集が出版されました。

 

 そして、「信陽堂」の最新作は永井宏著「夏みかんの午後」(2200円)です。永井の本は好きでかなり読んできました。簡単にこの作家を紹介すると、1951年東京生まれで、80年代「BRUTUS」(マガジンハウス)などの雑誌編集に携わりながら美術作家として活動しました。90年代、葉山に転居して生活に根差したアートを提唱し、様々な活動を行います。1996年までこの地でサンライト・ギャラリーを開設。2011年、59歳の若さでこの世を去りました。
 エッセイを中心に多くの著書を残しましたが、数編ですが小説も書いています。「夏みかんの午後」は、2001年に自らが運営していたマイクロプレス「サンライト・ラボ」から出版されて以来、読まれ続けてきた小説の復刊です。
 主人公は、葉山で暮らしはじめたフードスタイリスト志田エリ(著者の分身?)です。ほぼ全ての小説に登場する人物です。東京の分刻みで進む生活に疲れ果てて、郊外のゆったりした生活に自分を解放させることを夢見たエリは、理想と現実のギャップに戸惑います。でも、彼女はこうも考えるのです。
「エリは自分の生活がただ自分の都合で甘えていただけのものに思えてきた。なんでもかんでもうれしそうに葉山での生活を楽しんでいたが、それだけではいずれ飽きてしまうかもしれないと思った。自分が葉山に住んでいるという意味をもう少し真剣に考えなくてはいけない時期かもしれないと思った。」エリという一人の女性が、新しい環境で悩みながらも、少しづつ自分をみつめ解放していく物語で、連作短編のような形になっています。

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