レティシア書房店長日誌
高瀬隼子「うるさいこの音の全部」
高瀬隼子については、「水たまりで息をする」「犬のかたちをしているもの」を以前に書いたことがあります。今回ご紹介するのは、出たばかりの「うるさいこの音の全部」(新刊/文藝春秋1760円)です。
新刊は、なんと作家デビューがテーマとなった作品です。大学を卒業して、ゲームセンターで働く長井朝陽は、ペンネーム「早見有日」で書いた小説が文学賞を受賞します。兼業作家であることが職場にバレて、周囲の朝陽への接し方が微妙に変化していき、それまでの日常がきしみ始めます。と、同時に、執筆中の小説と現実の境界があいまいになっていき、バランスをくずしそうになります。彼女と職場や友人関係における心の動きを、繊細に描いていく作品です。
作家として注目されるとともに、変化していく職場の同僚や友人たちの言動、「おいしいごはんが食べられますように」で芥川賞を受賞した著者とメディアの関係など、自身の経験が独特の浮遊感で、私たちを迷路のような世界へと引っ張り込みます。
物語の最初は、主人公の過去と現在がフラッシュバック形式で進むのですが、実は、現在進行形の作品と彼女の現在が交互に進行してゆくのです。(途中までわからんかった)そして、だんだんと虚構と主人公の現実の間の境界線がグラデーションのように混ざってゆきます。
「万人に分かってもらえる作品なんてない、と本心から思うのだけど、同じ強さで、これが分かってもらえないならわたしという人間は絶対に理解されないし、どうしてあなたが分からないか分からない、と叫びたくもなる。分かられてたまるかという気持ちと、分かってほしいという気持ちと、分かり合ったつもりでいても芯のところで分かり合えるはずがないから別の人間なのだという確信で、息が苦しい。気付くと、朝陽は空いた右手で自分の喉を抑えていた。」
作中人物の描写なのか、著者自身の心の中の叫びなのか、判別がつかないようなシーンがいくつかありました。あぁ、これはバリエーションを変えた私小説なのかと思いましたが、著者が作り出す創作の部分と重ね合わさっていて、先ほども書いたように「迷路のような世界」で右往左往することになるのです。それを面白いと思うか、面倒くさいと思うか。
主人公が職場の休憩室から出た途端、ゲームセンターの爆音にさらされるラストシーンは、それまでの混沌とした世界をプツンと断ち切るような感じで爽快でした。映画的な終わり方です。何度か前に戻って読み返したりしましたが、やはりこれは面白い小説だと思いました。
なお、早見有日が芥川賞を受賞してからの顛末を描く「明日、ここは静か」を併録しています。
●レティシア書房ギャラリー予定(年内)
11/15(水)〜26(日)「風展2023・いつもひつじと」(フェルト・毛糸)
11/29(水)〜 12/10(日)「中村ちとせ銅版画展」
12/13(水)〜 24(日)「加藤ますみZUS作品展」(フェルト)
12/26(火)〜 1/7(日)「平山奈美作品展」(木版画)
●年始年末営業後案内
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