レティシア書房店長日誌
樫原辰郎「海洋堂創世記」
海洋堂をご存知ですか?1964年創設、国内フィギュア制作の大御所的会社です。怪獣ファン、プラモデルマニアなら、あぁ、大阪にあるマニアックな会社かと思われるかもしれません。あるいはお菓子のおまけに付いてきた食玩ブームを作り出した会社と言えば、あのミニチュア食玩かと思いだされるかもしれません。
本書は、元々ここでアルバイトしていて、現在は脚本家・映画監督として活躍している著者が、マニアの巣窟のような場所でモデル作りに邁進した時代を振り返った一冊です。(新刊・白水社2640円)
そんなん興味ないわ、と思う人にこそぜひ読んでいただきたい一冊なのです。1986年、映画「エイリアン2」が劇場公開され、海洋堂は映画に登場するエイリアンクィーンの造形に着手します。ある日、アメリカからファックスが入ります。アメリカでのフィギュア販売の契約書でした。で、翌日、モドキ(著者の愛称です)と上司の会話です。
「おう、モドキ、このあいだ英語でファックスきたやろ」「あー、はいはい」「アレの返事書いといて、内容はこういう感じで」「返事て……..日本語ではないですよね」「当たり前やんけ、相手アメリカ人やぞ、英語で書くんや」「書くて、誰が?」「お前がや、他に誰がおるねん。海洋堂なめとったらアカンぞ。英語できるような奴が、何人もおってたまるか」「しかし現役の学生とはいえ、アホで有名な大阪芸大留年中でっせ、大事な契約の文書やのに、俺レベルの英語で、返事書いてええの?」「他におらんから、お前がやるんや」「で、いつまでに書いたらええの」「あした」
さすが大阪、この関西弁のやり取りを聞いているだけで笑えてきます。
1864年に大阪京阪土居駅近くで、宮脇修が一坪半の町の小さな模型店「海洋堂」を創業します。ここからこの会社の躍進が始まるのですが、「働き方改革」が進行する現代から見ると、もうトンデモナイところでした。工場に雑魚寝、泊り込み、徹夜徹夜の連続です。しかも、創業時に集まっていたメンバーは、モデル作りに凄腕を持っている超オタクな連中。チームワークとか生産性など、はなからありえない職場でした。でも、おもろいもん作ったるという熱意だけは、大阪一、いや日本一だったかもしれないのです。
「もとが町の模型屋だから、基本は宮脇家の家族経営なのだ。海洋堂は、宮脇一家を中心とした、模型原理主義というか原始共産制みたいなところで、スタッフは、館長や兄ちゃんの言うことは聞くけれど、模型、造形物に関しては基本的に好きなものを作る。自分が作りたいものを作る。趣味と仕事の境界線が曖昧で、その状態が二十四時間続いているようなものだった。」と著者は思い返します。
85歳になる宮脇修は、先日、長年の活動を認められて文化庁から表彰されたのです。ちなみに館長のスローガンは「モデルをアートに」です。さらに2022年には、美少女キャラクターフィギュアを切り開いた社員ボーさん(これも愛称)が文化庁長官から表彰されました。
「おう、なんか都倉俊一から表彰されたんやて?」「お前な、表彰言うても、紙切れ一枚もらっただけやぞ。」「賞金とかないんか」「あれへんわ!」「しかしまぁ、ボーさんも文化人やねぇ.......」「何が文化人や、そんなもんになりたいと思ったことなんかないわ」
いいなぁ、こんな会話!海洋堂に紛れ込み、膨大な仕事をこなし、ここを離れ違う人生を歩みだした著者の青春の記録を読んだような気分でした。ここは、生きること=好きなことをすること=仕事をすることが一直線上に並んだ場所だったのです。そんな「幸福」がここにはあったのです。オタクだから出来たんだよと言うなかれ!
レティシア書房ギャラリー案内
1/22(水)〜2/2(日)「口を埋める」豊泉朝子展
2/5(水)〜2/16(日)ぢやむ提供「オリジナル豆本市」
2/19 (水)〜3/2(日)「あっこランド」ちいさな絵とちいさなお人形
3/5(水)〜3/16(日) まるぞう工房展
3/19(水)〜3/30(日)絵本「いっぽうそのころ」原画展
⭐️入荷ご案内
「京都町中中華倶楽部 壬生ダンジョン編」(825円)
「新百姓2」(3150円)
坂口恭平「自己否定をやめるための100日間ドリル」(1760円)
「トウキョウ下町SF」(1760円)
モノ・ホーミー「線画集2『植物の部屋』(770円)
古賀及子「気づいたこと、気づかないままのこと」(1760円)
ミシマショウジ「茸の耳、鯨の耳」(1980円)
comic_keema「教養としてのビュッフェ」(1100円)
太田靖久「『犬の看板』から学ぶいぬのしぐさ25選」(660円)
落合加依子・佐藤友理編「ワンルームワンダーランド」(2200円)
秦直也「いっぽうそのころ」(1870円)
折小野和弘「十七回目の世界」(1870円)
藤原辰史&後藤正文「青い星、此処で僕らは何をしようか」
(サイン入り1980円)
モノホーミー「自習ノート」(1000円)
コンピレーション「こじらせ男子とお茶をする」(2200円)
牧野千穂「some and every」(2500円)
マンスーン「無職、川、ブックオフ」(1870円)
笠井瑠美子「製本と編集者」(1320円)
奈須浩平「BEIN' GREEN Vol.1"TOURISM"」(1300円)
小野寺伝助「クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書」(825円)
佐々木みつこ「戦前生まれの旅する速記者」(1980円)
山口史男「植物群のデザイン」(1650円)
万城目学「新版座・万字固め」(1870円)
和山弘子「WADDLE YA PLAY」(1760円)
万行紗衣「奥能登地震生活記」(2300円)
モノ・ホーミー「頭蓋骨を散歩する」(1320円)
green birds「book like spotlight vol2」(500円)