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レティシア書房店長日誌
オラフ・オラフソン「ヴァレンタインズ」
著者はアイスランド・レイキャヴィック生まれの小説家です。作品は英語とアイスランド語で発表していて、本書は2006年のアイスランド文学賞を受賞しています。(古書1500円)
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「オラフソンの作品を読んでいると、ひんやりとした希薄な空気と透明な光が行間に広がるのを感じます。それは抑制のきいた文章だけでなく、登場人物たちが感情を胸にしまい、行動を慎みがちなところからも生まれています。」と本書を翻訳した岩本正恵は指摘しています。
「一月」に始まり「十二月」で終わる12の短編に登場するのは、それぞれに胸の奥に秘密を、あるいは言いようのない傷を抱えた男と女です。夫婦や恋人同士を巡る物語ですが、どの作品も似ることはなく存在感を放っています。しかし、まるで孤立しているかのような作品が描き出すのは、何かが決定的に損なわれる瞬間です。親しい、あるいはお互いを大切に思っている者同士の失言、他意なくぼろっと出てしまう本音が、それまでの関係に深い亀裂を生む瞬間を、冷たい感性で描き出します。
カレンとヨハンという夫婦の別れを扱った「五月」に、こんなくだりがあります。
「ヨハンとカレンは早起きで、毎日を期待に満ちた前向きな気持ちで始めた。天候が許せば、長年手入れしてきた庭に座って、朝のコーヒーを飲みながら、新聞を読んだり、一日がはじまってゆくさまをただ眺めて過ごした。庭には小さな噴水があって、小鳥がよく水浴びをした。羽づくろいをする鳥たちを眺めていると、ふたりの心はよろこびで満たされた。ふたりとも歳をとっても変わらずここに座っているだろう、毎朝この庭に座り、かたわらにはいつものコーヒーカップと新聞があり、噴水には小鳥がいるだろうと思っていた。」
しかし、妻には女性の恋人がいて、それを告げて夫と別れるのです。その別離を、ふたりが長年暮らしてきた家の家財道具をガレージセールで売り切ってしまう一日に凝縮して描き出されます。
全作品とも、リアルな情景描写と、慎重に組み立てられた会話を通して、読者は、もう戻れなくなった男と女の、これからの人生に思いを馳せることになります。まるで、映画のワンシーンを見ているように流れてゆくので、あ、このキャラは、あの役者かなどど思い浮かべながら読んだりしたので、楽しさが倍増しました。
日本ではあまり馴染みのないアイスランドについて、翻訳家はあとがきで簡単な説明を加えています。
「アイスランドは、ヨーロッパ北部、イギリスのさらに北に浮かぶ島国です。面積は日本の北海道よりやや広く、人口は秋田市とほぼ同じ約32万人。人口密度は一平方キロメートル当たり三人と世界最小レベルです。日本の人口密度はその百倍以上ですので、いかに人がまばらかご想像いただけるでしょう。」
蛇足ながら、最近のアイスランド映画には傑作が豊富です。「ラム」、「たちあがる女」、「ゴットランド」、「春にして君を思う」等々。注目したい国です。
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⭐️入荷ご案内
早乙女ぐりこ「速く、ぐりこ!もっと速く!」(1980円)
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本2」(660円)
夏森かぶと「本と抵抗」(660円)
加藤和彦「あの素晴らしい日々」(3300円)
若林理砂「謎の症状」(1980円)
宇田智子「すこし広くなった」(1980円)
おぼけん「新百姓宣言」(1100円)
仕事文脈vol.24「反戦と仕事」(1100円)
些末事研究vol.9-結婚とは何だろうか」(700円)
今日マチ子「きみのまち」(2200円)
秋峰善「夏葉社日記」(1650円)
「B面の歌を聴け」(990円)
夕暮宇宙船「小さき者たちへ」(1100円)
「超個人的時間紀行」(1650円)
柏原萌&村田菜穂「存在している 書肆室編」(1430円)
「フォロンを追いかけてtouching FOLON Book1」(2200円)
庄野千寿子「誕生日のアップルパイ」(2420円)
稲垣えみ子&大原扁理「シン・ファイヤー」(2200円)
「中川敬とリクオにきく 音楽と政治と暮らし」(500円)
くぼやまさとる「ジマンネの木」(1980円)
おしどり浴場組合「銭湯生活no.3」(1100円)
「てくり33号」(770円)
岡真理・小山哲・藤原辰史「パレスチナのこと」(1980円)
GAZETTE4「ひとり」(誠光社/特典付き)1980円
スズキナオ「家から5分の旅館に泊まる」(サイン入り)2090円
向坂くじら「犬ではないと言われた犬」(1760円)