レティシア書房店長日誌
黒岩比佐子「忘れえぬ声を聴く」
ノンフィクション作家の黒岩比佐子の著書で、外せない二冊があります。一つは「音のない記憶ーろうあの天才写真家 井上孝治の生涯」、もう一つは「パンとペン 社会主義者・堺利彦と『売文社』の戦い」です。前者は、当ブログでご紹介しました。後者は何度も入荷していますが、その都度売れてしまいます。
今回ご紹介する「忘れえぬ声を聴く」(古書1800円)は、傑作の二作品に比較すると、楽しい古書の世界を堪能できる肩の力の抜けたエッセイでした。
面白かったのは、国木田独歩に関する記述でした。自然主義作家として文学史に名を残す国木田の、雑誌の名編集者としての側面を取り上げています。写真や絵画を紙面に大胆に配した大判のグラフ誌は、日本のメディア史では1923年に「アサヒグラフ」が初めてとされることが多いですが、それよりも20年も早く「東洋画報」が発行されていて、その編集長が国木田でした。その後も数多くの雑誌編集に携わっていたのです。1905年に発行を開始した女性雑誌「婦人画報」の編集も彼でした。「婦人画報」は現在も発行されていて、現存する女性誌では最も長い歴史を持っています。にもかかわらず、彼の仕事は全く評価されてきませんでした。
あるいは、日本と海外の様々なニュースをビジュアル的に紹介した雑誌「近事画報」の第106号(1907年)には、ドイツにおける冬の新しいスポーツとして、スキー、リュージュ、カーリングを紹介しているのです。カーリングがすでに100年前に、写真入りで紹介されていたのは驚きです!
「さらに、独歩が近事画報社時代に写真部を設け、女性を写真師として採用していたという知らざれる事実が判明した。独歩は『婦人画報』の誌面を充実させるために、写真も女性の感性で撮影させようと考えたのではないか。」と著者は書いています。明治期、写真家は男の仕事と考えられていた時代に、彼は女性を積極的に採用しようとしていたのです。
膨大な量の明治時代の雑誌や新聞を、古書店や古本市で集めまくり、細部まで読み込んだ結果として、こんな素晴らしいエッセイ集が出来上がるのですね。著者の家の中は、きっと本やら雑誌やらに占拠されていることでしょう。
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