レティシア書房店長日誌
中原一歩著「小山田圭吾炎上の『嘘』」
日本のポップスは、良家のお坊ちゃんお嬢ちゃんが作ってきたと、私は思っています。もちろん、そうでないミュージシャンも多数います。
ハッピーエンド、ユーミン、山下達郎、竹内まりや、YMO 、加藤和彦らの品のいい音楽は、80年代後半から盛り上がった”渋谷系音楽”にも継承されてきました。その中心にいたのがフリッパーズギターのメンバー、小山田圭吾でした。私がレコード店に勤務していた頃、彼らのサウンドをガンガン鳴らしていました。そのセンスの良さに、才能ある人物だと思っていました。
けれども本書は、そんな小山田の音楽家としての歴史を追っかける本ではありません。
コロナが猛威を振るっていた2021年夏、強引に開催を進める東京2020オリンピック。その開会式の音楽の一部を小山田が担当することが決定し、大手メディアで大きく報道されました。しかしその頃から、彼が中学時代に、同級生に壮絶ないじめを行い、それを武勇伝みたいに語っているという記事がネット上に出ます。
この元ネタは、1994年1月号の雑誌「ロッキン・オン」と95年7月の雑誌「クイック・ジャパン」でした(上の写真がその雑誌)。前者の見出しはこうです。「全裸でグルグル巻きにしてウンコを食わせてバックドロップして」。これは、もういじめというよりは犯罪です。
そんな数十年前のインタビュー記事が突然蘇ったのは、彼がオリンピックの音楽を担当したことが引き金でした。そして、彼は辞任に追い込まれます。それだけならまだしも、有る事無い事、めちゃくちゃに書かれてネットに拡散して炎上、挙句に「殺すぞ」というような殺害予告まで出て、警察が動き出します。結果、彼は音楽の舞台から完全に姿を消します。
小山田は本当にそんないじめをやっていたのか、していないとすれば誰が、何を間違えたのか?著者は彼との20時間にわたるインタビューと、かつての同級生や関係者に話を聞きに行き、見てきたものを書いたのが本書です。(古書1300円)
「当時の小山田が何でこんなことをしゃべったのか。雑誌はなぜ載せたのか。それを事務所はなぜ抗議も訂正もしなかったのか。これに関わっている人の対応が、自分の感覚では考えられなくて、聞けば聞くほど混乱してしまいまいました」とは、彼のパートナーは振り返ります。「彼女が胸をなで下ろすことができたのは『やっていない』と、断言してくれたからだという。」
ネット上では、彼を叩くコメントには賞賛が集まり、かばうコメントには批判が集中しました。「爆笑問題」の太田光がいじめについては言語道断としながらも、「当時の雑誌が、それを掲載して、これを許容して、校閲通っている。(当時)サブカルチャーにそういう局面があったということ。その時代の価値観と今の時代の価値観がある。その時代の価値観を知りながら評価しないとなかなか難しい」とコメントするや、事務所にクレームが多数寄せられました。
それについて、太田は自身がパーソナリティを務めるラジオで、この問題の本質的なことをこう発言します。
「今の日本のマスコミ全体に聞きたいのは、あのとき何が起きたかを、調べ直したのか?ってことなんですよ。一社でも、あそこの当事者(のところ)に行って、そりゃね、思い起こしたくないこともあるだろうけども。でもその(筆者注・いじめに)参加した人々、参加した仲間っていうのはいるわけで。あるいはそこのクラスメートなりなんなり。それに取材し直したのか。雑誌もテレビも、報道機関も。裏をとるって、そういうことをやるわけでしょ。本当ならね。」
その発言を受けて、著者は「約四十年前の『小山田圭吾』に出会うたびを始めることになる。」のです。一方的に悪者を作り上げ、容赦無く斬罪してゆくネット社会の恐怖と、同時に小山田のついた小さな嘘が、手が付けられない怪物に変身してゆく恐怖も描き出した、傑作ノンフィクションでした。
●レティシア書房ギャラリー案内
10/16(水)〜10/27(日)永井宏「アートと写真 愉快のしるし」
10/30(水)〜11/10(日)菊池千賀子写真展「虫撮り2」
11/13(水)〜11/24(日)「Lammas Knit展」 草木染め・手紡ぎ
⭐️入荷ご案内
GAZETTE4「ひとり」(誠光社/特典付き)1980円
スズキナオ「家から5分の旅館に泊まる」(サイン入り)2090円
「京都町中中華倶楽部 壬生ダンジョン編」(825円)
「てくり33号ー奏の街にて」(770円)
「アルテリ18号」(1320円)
「オフショア4号」(1980円)
「うみかじ9号」(フリーペーパー)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
青木真兵&柿内正午「二人のデカメロン」(1000円)
創刊号「なわなわ/自分の船をこぐ」(1320円)
加藤優&村田奈穂「本読むふたり」(1650円)
オルタナ旧市街「Lost and Found」(900円)
孤伏澤つたゐ「悠久のまぎわに渡り」(1540円)
森達也「九月はもっとも残酷な月」(1980円)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
オルタナ旧市街「Lost and Found」(900円)
TRANSIT 65号 世界のパンをめぐる冒険 創世編」(1980円)
SAUNTER MAGAZINE Vol.7 「山と森とトレイルと」
いさわゆうこ「デカフェにする?」(1980円)
「新百姓2」(3150円)
青木真兵・光嶋祐介。白石英樹「僕らの『アメリカ論』」(2200円)
「つるとはなミニ?」(2178円)