「アクタージュ 」に愛をこめて
「アクタージュ 」
残念ながら原作者の不祥事で未完となってしまった。
先に話した「約ネバ」を始め少年ジャンプは時折驚異的な名作を生み出してくれる。編集者の慧眼だろうか?
今だといまだ現役の「ワンピース」に大人気沸騰中の「鬼滅の刃」、近作では「チェンソーマン」や「あやかしトライアングル」を読んでいる。
中高生時代に今のジャンプに出会えてたらどう思っただろう。
約ネバにも驚いたが、長年ジャンプを読んできてこんなに夢中になった作品は初めてだ。この作品を読むためだけにジャンプ+の購読を始めたと言ってもいい。それぐらいの衝撃作だった。
主役の夜凪景は女優志望の高校生。
メソッド演技を地で行き役に異常な没入を見せるという驚異的な役者だ。
大手芸能プロダクション「スターズ」のオーディションで不合格となるもそこで出会った高名な映画監督黒山墨字に見出され様々な経験を経て女優として成長していく。様々な共演者や関係者を時に魅了し様々な爪痕を残し、やがて夜凪を中心に様々な人間がドラマを作っていく。そう言う作品だ。
初期の夜凪が危ういながらも驚異的な存在感で現場を荒らしていく様もなかなか見応えがあったが、夜凪に勝るとも劣らぬ個性豊かで尖った人物達が次々に現れては共に影響を与え合い舞台を賑わしていくのは何とも胸がすく思いだった。
現代の「ガラスの仮面」と言われたこともあるが、ストーリーがストレートでスッキリしており展開やテンポが早い分ライブ感はむしろ「ガラスの仮面」以上かもしれない。人物のリアリティが実に地についたものでありつつその誰もが胸の内に一物あり隠しきれないギラギラした狂気を垣間見せる様から全く見逃すことが出来ないのだ。こと人物造形や迫真の凄みはジャンプ史上トップクラスと言っていいバケモノじみた作品だ。
中でも百城千世子と夜凪の絡みは1番の見どころだろう。スターズの天使と呼ばれる天使の顔やイタズラ心はもちろん、その仮面の下に秘めた激しい執念とストイシズムを兼ね備える表情の変化が胸にくるものがある。2人が時にライバル、時にかけがえのない親友として意識し合う様が尊くも熱い。
2人がダブルキャストで舞台対決する「羅刹女」はその象徴とも言えよう。
「アクタージュ 」は毎回皆が命をかけんばかりにパフォーマンスする様が熱いが「羅刹女」は2人が鎬を削り合うだけに壮絶だ。「ガラスの仮面」の「紅天女」を彷彿とさせるし、それでいて同作へのアンサーとも取れる千世子の言葉で幕を下ろすのがニクイ。
「負けたら全てを失う、そんな単純なものじゃなかった」「どうせ私たちはしわしわのおばあちゃんになっても役者だから」
様々な舞台が登場するがやはりピークは銀河鉄道編だろう。
「銀河鉄道の夜」は言わずと知れた宮沢賢治の作品。夜凪はその舞台でカムパネルラを演じることとなる。黒山の紹介で訪れた先は蜷川幸雄を思わせる巌裕次郎が主宰する劇団天球。その巌の最期の舞台として上演されることになったのが銀河鉄道。夜凪は巌の指導の中で劇団にも秘密にしていた自身の死期を告げる。やがて舞台初日の当日に巌は危篤となり幕が上がる中で劇団や観客に様々な思いがめぐりひとつの伝説の舞台となっていく。
とにかく作中では巌自身の指導や役者の皆の回想の中で役者論がこれでもかというほど語られる。
夜凪の成長はもちろん、これまた藤原竜也がモデルと思しき明神阿良也が生い立ちからドップリと巌イズムに染まっていて巌流に言うなら本当に「臭い」のだ。
舞台でジョバンニを演じる阿良也は劇団天球の看板で憑依型カメレオン俳優と呼ばれる名優だ。没入や表現力に優れた反面役作りのために執拗に相手に迫ったり、自身の考えを言語化出来ないためあやうい言行が目立つピーキーな性格で銀河鉄道の舞台で巌さんは夜凪の戦友の1人となる。
逆にその阿良也に「何の臭いもしない」と言われるのがスターズの星アキラ。星アキラはイケメン売れっ子俳優でスターズの社長の息子でもありまさにスターズを体現したような人物だ。愚直で正しい演技を模索するのだが、理想にほど遠い自身に悩み殻を脱げないでいる。
この舞台に参加したことで自身をさらけ出すことを覚えたこの舞台以降はむしろ余裕すら見せて夜凪や千世子の理解者となる。夜凪達ばかりがメインになる中でバイプレイヤーとしての存在感がストーリー中でもちゃんと光ってくる。
巌の役者観というのが自身の臭さを認めることに尽きる。今の姿をちゃんと認めて肯定してその上でその様をさらけ出して表現出来ることをもっとして役者だという。生き物の業のように人間肯定を貫きそんな役者が好きなのだ。
泥臭くて人間臭いこのロマンはたまらないものがあった。このあたりから「アクタージュ 」を通じて役者や舞台に興味を持ったという人も出て来たと思う。
ストーリーが深まるほどに人気・評価ともに上がるばかりで集英社も何かと作品をプッシュし始め、ホリプロの舞台化も決まり、恐らくアニメ化も決まっていたのではないだろうか?
これからますます盛り上がって次代を担うと目されたであろう。
単行本未収録の黒山の映画、大河のオーディションの夜凪の怪物感、自身の運命と役割を悟ったような女優環蓮の余裕、幼いながら役者の覚悟を見せる皐月などさらに魅力的な人物が目白押しでこの後も見逃せない展開が待っていた。
しかし先に述べたように原作者のマツキタツヤの犯罪で連載は終了した。
残った作品が全てだ。
頂いた感動には感謝しかないし「アクタージュ 」という作品には正直救われた。
これは原作者の犯罪行為を肯定する訳ではないし中止の判断は妥当だ。
作画の宇佐崎しろさんからも連載を望む声が被害者の負担になってはいけないと声明を出されているがまさにそこなのだ。
名作だからこそ被害者にこれ以上の負担を与えてはいけない。よって未完。
惜しまれながら未完に終わった作品は「アクタージュ 」だけではない。手塚治虫でも「どついたれ」「一輝まんだら」なんて最後まで描き終えたらどんな名作になったことかと思うし、「グリンゴ」「ネオ・ファウスト」の意欲作ぶりにはもう数年長生きして欲しかったと思う。
作者の犯罪で幕を下ろしたことは残念だが、作品が名作だったことに変わりはない。
「アクタージュ 」に愛をこめて。
原作者の贖罪と作画のますますの活躍を期待して筆を置きたい。
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