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愛がなんだ 極私的批評

ネタバレ有りです、未見の方は早く観て下さい!

昔、雑誌で見た坂本龍一についてのエピソードで朧げだが忘れられないものがある。

「ふと路地で古びた中華屋を見つけた。小汚いウインドウの中の料理サンプルも汚れていて、何故か無性に腹が立ち、その店の看板を蹴り飛ばして壊した」

何の雑誌だったかは失念、誰か忘れたがあるミュージシャンが忘れられないエピソードとして話していたのを忘れられないでいる。そのミュージシャンは、美しいって残酷ですよねと話していた気がする。美しいものを作り上げる時、その足下にはたくさんの美しくないと自分が思うものの残骸がある筈だと。それは恋愛とも似ているなと私は思いました。好きじゃないからもう要らないし、好きだったらとことん欲しい。残酷な二極化。

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今泉力也監督「愛がなんだ」を見ながら、その事をボンヤリと思い出していた。この映画はとても残酷だ。心はすれ違い、身体を重ねても心が交わる事は無く、一つになれないひとりぼっちばかりだ。好きな人に好きな人がいる。しかしそれは自分ではない。そんな経験がある人ほど本作は心に刺さるかもしれない。そしてそんな経験が無い人にもリアリティを持ってグイグイ迫っていきそうな気迫があるから凄い。

私は最近恋に落ちた。叶わない恋。彼女は遠くに離れていて、いつ会えるかなんて分からない。笑っている顔も、泣いている顔も、怒っている顔でさえ愛おしい。彼女の名前は「岸井ゆきの」職業は女優だ。近年活躍が目覚ましいらしいが邦画に疎いので全然知らずに過ごして居た。銀杏BOYZの楽曲を原案とした映画「いちごの唄」を先日見た。出演している彼女がパンク娘から清楚なルックスまで華麗に演じ分ける器用さ、屈託ない笑顔を目の当たりにして、まんまと惚れてしまった。随分前からKANA-BOONのないものねだりのPVで彼女を見ていた筈なのに、そこでは全然ハマらなかった。男女のすれ違いについての歌でPVの中で彼女が全く笑顔を見せないのが原因だったのかもしれない。

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そんな愛する彼女の主演映画である本作で憎むべき相手はただ一人。

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成田凌。お前だ。

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生意気に髭なんぞ生やしやがって。私より1.125倍ほどイケメンなだけじゃねぇか!!!くそ!!!ゆきちゃんにシャンプーまでしやがって!!!本作の成田凌は悪い男で、悪意が無さそうなベビーフェイスと相まってとても憎たらしい。一途に見つめるゆきちゃんとろくに目も合わせずに「飲みすぎたら、帰んないじゃん」なんてサラッと面と向かって言ってのける根性は凄まじい。

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私はめちゃくちゃ人の顔を窺う。最低限自分の意見を言えるくらいの小さい度胸しか無く、基本的に受け身で、他人が何を考えているかを優先して考えてしまう。本作の成田凌くらい人の気持ちを顧みず、鈍感に自身の快・不快で行動出来る姿は正直羨ましくもある。まぁ実際にいればクソ野郎だけど、ぶっちゃけそういう奴は腐るほど居るって事は酒場で学んだ。男女関係によってサークルがまさしくクラッシュする瞬間。泣いている女の子、申し訳無さそうな要素ゼロの表情でクラッシャー男は知らん顔。「まじでこんなんあるんだな」と遠くで見つめつつ、そんな現場に出くわす度に唖然としてきた。

〈ここからは極私的意見。いわゆる偏見。現実に恋愛面で悪い男たち(30歳前後)は、覇気が無く、基本的に目がうつろな気がする。誰に対しても恐らく何の興味も無いのだろうなと推測している。イキイキ生きろよ。〉

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成田凌もそれに近いが本質的な愛くるしさらしきものが滲み出ていてほっとけないのも理解出来る。初対面で女の子にあだ名付けちゃうんだもの、そりゃそんな男に恋するなんて苦労するわな。

閑話休題。話は変わるが現代って自分指数が薄く、他人指数を重要視している気がしている。恋愛に付随する様々な出来事、意中の相手とご飯に行くとか、相手に合わせたファッションとか、それが人生の全てみたいに、憧れの対象物として恋愛が祭り上げられているような気がします。上手く言えないのだけれど。綺麗に漂白されて淡い色彩のマッチングアプリのCMをYouTubeで見るたびに嘘くさいなぁー。と思ってしまう。運命は信じないだの、趣味の話が出来る相手だの、そんな勝手に付き合ってくれる奴なんか殆ど居ないよ。思いやる気持ちを吹っ飛ばして自分の理想の相手を得ようなんて甘いよ。カッコつけたりせずに「運命は掴み取る!」くらいの気概ある広告が溢れるくらいがカッコいいのになと個人的には思っています。自分を優先しつつ相手へのリスペクトを忘れず、焦らず自然に出会い、恋に落ちる原始的な恋愛時代が来ますように。

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愛するゆきちゃんに話を戻します。成田も成田だが、ゆきちゃんもゆきちゃんだ。まず病人に味噌煮込みうどんはダメでしょ!!!すげー不味そうで、2人の微妙な距離感を伝えるナイスな演出だけどね。文字通り全てを打ち捨てて、1秒でも成田と居られるために仕事すらもふっとばして、成田が好きな女と同席する事にも耐え、なんだったらラストでそのアシストまでしちゃう狂いっぷりは愛するゆきちゃんとは言え、引く!!!

が、しかし。恥ずかしながら実は似たような経験がある。行かないでと言われバイトをサボった事がある。暗い部屋に差し込む街灯の灯りの下でお腹が痛いですと白々しく電話を掛けた。勿論ばっちり怒られた。大人と子供の境目セブンティーン。その事はあまり関係無いが色々あってクビ。そんな彼女とは上手く行かず、街で彼女が乗る車と同じ車種を見る度にもしかしたらあの人かもと、胸が千切れそうな寂寥感に襲われる日々が待っていた(彼女はろくでもない男と同棲している年上の女性だった)今思うととても馬鹿みたいな独りよがりの恋で、周りに止められても言う事を聞かずに縋り付いていた。一途に相手を想う自分に酔っていた部分がきっと大きいんだと思う。恋愛って怖いな。

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本作ではゆきちゃんの気持ちの内面・奥底を深掘りして行く事はない。全体的にどこまでもさらりとしていて、悪く言うと表面的で、良く言うと軽やかで洒落ている。恋なんて天国と地獄の板挟みで良い時だけなんて事は絶対に、絶対に続かない。そんな胸をえぐるような苦味、相手からの着信にときめく喜びに覚えがあるなら観客はきっとゆきちゃんと同化しながら映画に引きづり込まれるだろう。

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印象的だったゆきちゃんのセリフは「まもちゃん(成田凌)になりたい」だ。「好きだから付き合いたい」みたいな思考が恐らく彼女には無い。その次元は既に通り越しているのだろう。そして本作では「好きです、付き合って下さい」と言うべきタイミングで必ず観客をヤキモキさせるような曖昧な台詞が発せられる。ゆきちゃんの家でのラブシーンなんかが典型。目線は合わせず天井を見つめたままの2人がやっと心情を吐露し合う、あのシーンで「付き合おう」ではなく「する?」というゆきちゃんの台詞が悶絶。ほんとこの映画見てゆきちゃんに惚れない男がいたら仏だよ。ゴータマだよ。ブッダだよ。今泉監督はヤキモキさせるのが上手だ。まんまとやられた。

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目の前に居てくれれば、笑っていてくれればそれでいい。実はそんなゆきちゃんも、成田凌と同じくとーっても自分勝手なんだよなその点は。(自己中を許容し合う付き合い方が最近の空気感なのかな、この件はとりあえずもっと考察してみます)現実では同一化の願望は泥沼化するだろう。ゆきちゃんに主体性や攻撃性が無さすぎてリアルじゃない。生身の人間はサンドバッグじゃないから、若葉竜也の様に(仲原君役、最高の演技でしたね、思いを溜め込んだ表情とぼそぼそ喋り)

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必ず自分で区切りを付けて恋を諦めるか、恋を成就させる為に具体的に迫るかの2択になる筈。宙ぶらりんは心が持たない気がする、少なくとも自分は出来ないだろう。しかし最後まで宙ぶらりんを貫くゆきちゃんは、ある意味無敵モードだろう。終盤似た状況の仲原君が恋を諦める事をゆきちゃんに告げる夜のコンビニでのシーンは迫真で、「諦める事くらい自由に決めさせて下さいよ」と苦笑いで告げる仲原、それに対しても不服そうに「馬鹿だよ、仲原君の馬鹿」と顔を歪ませる。仲原は不器用な笑顔で「幸せになりたいっすね」と返すも、「うるせぇ馬鹿」と畳み掛ける。それまでの仲原らしくなく、路上に唾を吐き、とぼとぼと去っていく後ろ姿をゆきちゃんは認めたくなかったんだろう。愛がなんだってんだ、馬鹿野郎。私は諦めない。まもちゃんになりてぇんだ。それがどんな意味なのかなんて私にも分からないけどさ…。と。

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愛すらも否定する突き抜けたヒロインの人物描写は思いもよりませんでした。全体としては割と綺麗な群像劇としてまとまっているなと感じました。ラストシーンのゾウだけ不可解だったけどまぁ意味が無いのかな、それでもいっか。と嫌な感情が個人的には生まれなかったので良しとします。まもちゃんになれなかったゆきちゃんは象徴的な動物園デートで交わされた些細な思い出を大切にして、ゾウの飼育をしながら、ずっとまもちゃんの事を思い続けて生きていくのかな。とも思いました。

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微笑む今泉力也監督 お髭さん

ホームカミングスの曲に合わせて流れるエンドロールも心地良かったし。賛否両論ありそうなもんだが本作がバズったって事は若い感性にフィットしていると言う事なんだろうな。若い人はどう思ったのか聞いてみたいところ。今泉監督のサッドティーも観てみるかー。映画は映画を呼んで点と点が線になるから無限に楽しいな。






ゆきちゃんへ
君もいつかこの世を去る
その時は私がそばにいて
暗闇の中を一緒について行くよ

天国も地獄も定員オーバーで
満室のサインが出され
行く先がわからなくても
魂が旅立つ時に側に誰もいなくても
心配しなくていい
私がその暗闇の中まで一緒について行くからね


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