編集とはたのまれてもないことをやる仕事ー宮崎の旅①
編集やライターという仕事はいろんなジャンルのいろんな情報を、ただ知ってるってだけでなく。実際に行って、見て、食べて、なんなら裏事情まで知ってるでしょもちろんアナタ、という前提で話がくる。
たいていは「アンケートのお願い」みたいな感じで、編集部よりぽろりんとメールが来るところから始まる。
「こんどジャムの特集をするのですが、こだわってつくっている、お取り寄せもできるもので、おすすめのものを最低15個挙げてください。明後日までに返信をお願いします」
なんてこともあれば
「ひとりでも泊まれる、おもてなしに感動した宿と、本を読むために行く宿と、お気に入りのお湯がある宿と、なぜか集中できるひとり合宿宿と、心に残る風景がある宿と、おいしいものが食べられる宿と、なぜか熟睡できる宿と、心や身体を整えにいく宿と、そのほかひとりにおすすめの宿を教えてください」
なんてこともあったり、また
「おすすめのカフェを、47都道府県すべて2〜3件ずつ教えてください」
なんてことだって、本当にある。そこで「いやいやいや、知ってるわけないや〜ん!」とツッコむことは許されない。いや、許されるかもしれないけれど、たぶんそれ、ほんとにやると仕事にならない。
ゆえにふだんから「たのまれてもないのにやっている」ことがいろいろとあり、その蓄積がモノを言う。それは僕だけでなく、とくに暮らしまわりの仕事をしている人なら、誰もが心当たりのあることだと思う。
こないだ行った宮崎への旅もそうだ。
そもそものきっかけは、西麻布にある「サッカパウ」というイタリアンが、宮崎にあるお寿司やさんとコラボディナーをするので、そのイベントのレポート記事を書いて欲しいという依頼だった。
「一心鮨 光洋」という知る人ぞ知るお店で、東京から宮崎までわざわざ飛行機に乗って食べにいく人があとをたたないという。僕も友人から噂を聞いて知っていたが、行ったことはなかった。
もちろん「前もって行っておいてください」なんて、誰にもたのまれていない。だけどいつものくせで、というかむしろいい機会ができたと、自分から率先して「前もって行っておく」ことにした。
おりしも前の週まで、僕は福岡にいた(念のために書いておくと、僕は福岡と東京の二拠点生活をしている)。飛行機という手もあるけれど、福岡からならバスが安くて便利。しかも陸路で行くほうが、道中の景色も見れておもしろそうと思い、そうした。
じっさいおもしろかった。とくに熊本と宮崎と鹿児島の県境、霧島山のふもとらへん。パアッと見渡す限り広く、心地よく抜けよく、ところどころに山とまではいかない小高い丘がチュッチュッチュッと奥のほうまであまたあり、まわりには美しく明るい木々が並び、愛らしい家々が身を寄せあっている。そんな寓話めいた風光に、旅する気分がふりそそぎ、みるみる心に積もっていく。
宮崎についてバスを降りた時、すでにあたりはうす暗かったが、うっすら見える背の高いヤシの木に、うっすら心がときめいた。トロピカルでミステリアスな始まりだった。
街は思いのほか大きく、また適度に朽ちていて感じがよかった。交差点を渡ったところのビルの2階にお店があった。レモンという名のようだ。かどまるの窓から漏れるぬくい光に気をとられ、僕らは思わず足を止めた。
スタッフが入り口の階段まで駆け寄り、なんかライブあるみたいですよーと言った。へぇ何だろうねどんなライブかなぁ、なんて話してると、前を歩いていた若い男子ふたりが突然振り向き「僕らがやるんです」と、いきなり話しかけてきた。そしてレモンはカレーがおいしいお店で、彼らのライブは7時からだと、歩きながらチャチャッと教えてくれた。
僕はその瞬間、どうしようもなく、ライブに行きたい衝動にかられた。たまたま通りがかったお店で、たまたま通りがかった人がやるライブに、ふらっと立ち寄る。これを旅といわずして何をいう。しかし現実的に考えて、なかなか無理な願いだった。そう、僕らにはこのあとおいしいお寿司が待っている。
けれど僕は一瞬、夢想する。もしもライブのほうを選んだら、僕らにはどんなひとときが、どんな人生が待っていたのだろう。一週間前から予約してやっととれた、そもそも宮崎に来た目的だったお寿司屋さんの予定をぶっとばし、衝動と気分で新しいほうへといく。それはそれは蠱惑的な誘いなのだった。(つづく)