血統を読めばコンセプトが分かる 〜サンデーサイレンスの母を生産した男 ジョージ・A・ポープ・ジュニアとは・4
ここまではジョージ・A・ポープ・ジュニアが単に並み外れて幸運な馬主などではない、奇跡と呼ぶには量が多すぎる、という事実を提示してきた。
ここからは実際に血統表を示し、ジョージ・A・ポープ・ジュニアが志向してきたであろう配合理論を探っていく。
勘違いされがちな「血統」というもの
日本は競馬人気が高い国であるのは間違いない。
そして競馬ファンの関心は馬券に集中している。
そのため競馬ファンも競馬マスコミも、競走馬の血統とは、馬券的中に使うツールだと思っている。
そのためオーソドックスな(正調な)血統理論が今日では理解されづらくなっているのも事実だ。
日本でよくあるパターンは、血統とは系統図であると日本史のように説明するパターンと、血統をパズルのように解説するパターンだ。
これらは正調な血統の読み方ではない。
つまり(競馬というゲームにおける本来のプレイヤーである)生産者や馬主の視点とは異なるものだし、これではジョージ・A・ポープ・ジュニアが何者であったのかを全く理解できないのだ。
今回はまず、間違った例として「よくある血統解説」を提示する。
その後、私は少し違う形で、ビジュアルで(目で見て分かる形で)説明したいと思う。
その方がジョージ・A・ポープ・ジュニアの思考により近づく事ができるはずだ。
よくある血統解説
競馬の世界において「血統」は、少し調べて数10文字も書けば「解説」を名乗れてしまう。かなりいい加減なジャンルの書き物だろう。
例えば、ジョージ・A・ポープ・ジュニアが生産したケンタッキーダービー馬デサイデッドリーの血統は、せいぜいこのように説明されるのが関の山だ。
事実を元に類推する。確かにこれは論理の基本である。
はたして(デサイデッドリーの生産者)ジョージ・A・ポープ・ジュニアは「ケンタッキーダービー馬からケンタッキーダービー馬」を意図したのだろうか…?
では次に、前回話題にしたエーデルワイスの血統を下に示す。
エーデルワイスは前回紹介したが、デサイデッドリーと同じ年に、同じ生産者によって生産され、後にサンデーサイレンスの曾祖母となる牝馬だ。
「2つの血統を比較して説明してほしい」となれば、どう説明できるだろうか?
この2つの血統表を見比べて…
……何も分からないだろう。
(分からない例として、あえて図にしたから安心して欲しい)
ちなみに、これまでサンデーサイレンスの血統を貧弱粗末だとして解説した人達も、この「上2つ」のフォーマット(書式)で血統を見ているのはまず間違いない。
彼らはわからない血統を無理やり文字で表現する時、だいたい「マイナー」「実績がない」「力が劣る」と書く。他にも「代用」「魅力に乏しい」など生産者のプライドを傷つける表現も珍しくない。
血統が分からない原因
分からない原因は大体いつも決まっている。2代血統表で何かを語ろうとするからだ。
わかり易くしてあげようと思って簡単にすると、かえって何もわからなくなる。サラブレッドの血統とはそういうものだ。
正しい血統の読み方
それではタネ明かし…という程の仕掛けもないのだが、先程のデサイデッドリーの血統表とエーデルワイスの血統表を、以下にそれぞれ4代血統表で示してみよう。
これで誰もがビジュアルで理解できると思う。
私の言わんとする所は、配色で直感的に説明してある。
2頭の血統表に示した配色を見てほしい。
そう、「ケンタッキーダービー馬の血統」と、「(地味で何の取り柄もないように言われ続けた)1頭の不出走馬の血統」は、おどろくほど同じコンセプト(全体を貫く基本的な考え方・視点)で作られていたのだ。
時に血統表は明快な答えを出してくれる。思わず私は「あっ!」と声を上げたほどだ。
これを日本の血統研究家(を名乗るライター諸氏)はこういう形が並ぶとニックスだニアリークロスだと、こそばゆい呼び方をしたりするが、本質を捉えれば何のことはない。生産者の「配合コンセプト」である。
生産者が特定の牝系2つに着目し、その血統を導入したいと考える。
生産者がそれを実現するには、執念と、大いなる意思と、資金力が不可欠である。走る牝馬の血統は簡単には買えない。
(1950年代という、ラジオと固定電話以上の情報機器が存在しない時代に、手作業で望みの血統を探し出し手に入れる事は至難の業だ)
名牝の血統を手に入れる難しさ
サラブレッドは生物学的にオスとメスで繁殖能力に大きな違いがある事は広く知られていると思う。
種牡馬が1年に60頭~100頭以上と子を増やせるのに対して、繁殖牝馬は1年に1頭しか子を増やせない。
生物のオスメスの違いという構造上、拡散の「絶対量」が違う。
その希少性の壁を乗り越えて、ジョージ・A・ポープ・ジュニアは名牝の血統を2つ持つ繁殖牝馬を複数頭所有する事に成功し、ケンタッキーダービー馬と同じコンセプトでエーデルワイス(サンデーサイレンスの曾祖母)を生産した。
この苦労・難しさは、血統表をパズルの類だと思っている人が知り得ない領域だ。
エーデルワイスは決してアバウトな配合で生まれてはおらず、多くの人から軽視されるような背景は持ち得ない。
まず血統を探し出す苦労、手に入れる苦労、この血統ならこの種牡馬と決め打ちした配合。そんな長い我慢と待ち時間を経て誕生した馬だった。
それはエーデルワイスの血統表を見れば伝わってくる。
信念の生産者ジョージ・A・ポープ・ジュニアが不出走馬だからと、おいそれとこのエーデルワイスを捨て置く訳がない。
私が生産現場を見聞きして知る限り、このタイプの配合は競走成績次第で残す馬ではなく、誕生する前から繁殖入りが決まっている馬だ。
正攻法で読む。その上で生産者の思いを読み取る。私が言う「血統表を読む」とはこういう事だ。
もっとも「6代前のシナーという牝馬は英1000ギニーを勝った名牝だが、ここまでさかのぼれば地の果てにいるサラブレッドだって名馬に行きつく」などと評した著名な方もいたわけだが…。
なぜ世界はこの配合を60年、気付かなかったのだろうか?
デサイデッドリーとエーデルワイス。
この2頭を「同じ年」に「同じオーナー」が「同じ牧場」で生産していたという事はファクト。生年や所有者を調べれば一目瞭然、不動の事実だ。
だが今まで、この事実に注目できた人、指摘できた人がひとりもいなかった。日本どころか世界のどこにも。
だから「配合コンセプトの一致」にまでたどり着けた人も当然いなかった。
そして皆がそろって、サンデーサイレンスは血統が(特に母方が)悪いと信じてきた。
その原因は先に述べた通り、2代血統表(それも1枚きり)で血統を読もうとしたからだ。
だが愚かな話だとは思わないか?
よくある血統解説だと、片方の血統を「さすがケンタッキーダービー馬の血統!親子2代のケンタッキーダービー馬はすごい!!」と持ち上げ、もう片方を「何も見どころのない、地味な不出走馬」と見下してしまうのである。
世界にはいろいろな血統研究家がいるし、日本にもサンデーサイレンスの血統を徹底的に研究したと自負する人もいるだろう。
だが私が指摘したような「ケンタッキーダービー馬とのコンセプト一致」を指摘した人には出会ったことがない。
インターネット時代が訪れて、これだけ情報処理が発達しても、まだまだ人類には見落としがあるという事だ。
さてもう一度、本稿の目的に立ち戻ろう
状況証拠から見て明らかに、サンデーサイレンスの母系は「名馬の血統を意識して組み立てられた」「コンセプトを持った血統」からスタートしている。
これは今回で、ある程度理解してもらえただろう。
さて第1回でも書いたが、私は以下2点の主張のために本稿を書いている。
サンデーサイレンスの血統(特に母系)は貧弱などではない。優秀である
ジョージ・A・ポープ・ジュニアは「テシオの再来」である
これはエーデルワイスの血統を、もう少しよく見る事でも説明できる。これを次回のテーマとしたい。