世紀の名馬と一騎打ち、ヒルライズ確信の配合 〜サンデーサイレンスの母を生産した男 ジョージ・A・ポープ・ジュニアとは・6
長い歴史を持つ大レースだと「ああそんな馬いたよね」と言われるだけまだマシで、完全に忘れ去られる馬も多い。
2010年の日本ダービーはエイシンフラッシュが史上最速の上がり32.7秒で優勝したが、同タイム2着馬の記憶が薄れた人も出てきているのではないか…。
今回はアメリカ競馬の歴史に埋もれてしまったヒラリーという種牡馬と、その代表産駒ヒルライズという馬が、かなりこだわりを持った配合であるという事を解説する。(おそらく世界の競馬史上初になると思う)
今回、図で示す血統表は8枚。
これでジョージ・A・ポープ・ジュニアの第二の業績、ヒルライズの配合を解説する。
ヒルライズとは
シンプルに結果だけ述べると、こんなプロフィールを持つ馬だ。
なぜこんな血統で、あのノーザンダンサーと五分の勝負ができたのか?
それを今回は「血統を読み」ながら解説する。
ここまでのプロフィール紹介で分かるように、謎だらけで全く分からないヒルライズの血統で「注目すべき点はここだ」という部分をピンク色で明示しておく。
それでは、ヒルライズの父→ポイントとなる2頭、という順で説明していく。
父ヒラリーの血統的特徴
ヒルライズの父ヒラリーの4代血統表は下記のようになる。
ちょっと個性を持った配合をしている。(前回まで紹介したように、ヒラリーはサンデーサイレンスの曾祖母エーデルワイスの父にあたる)
ヒラリーについての情報は極端に少ない。
このwebサイトに写真が1枚あるのが貴重なくらいだ。
ジョージ・A・ポープ・ジュニアが1973年までヒラリーを種牡馬として多用した要因の第一は血統構成にあると私は推測している。
まず上の血統表を見ればすぐ分かるが、ヒラリーはブラックレイBlack Ray3×4と、セレニッシマ Serenissima4×4の牝馬クロスを持っている。
ブラックレイはこんなプロフィールと産駒実績を持つ。
--つまりイメージとしては、ブラックレイはダイナカール(名牝&名繁殖牝馬であるエアグルーヴの母)を三段階ほどスケールダウンさせた感じだろうか。--
ヒラリーの父の母、名牝エクレア
エクレアについては、下記のカーレッドに関連する記述を参照するのが最も詳しい。
エクレアの血はブラッシンググルームやキングカメハメハのボトムライン(同馬の祖母Pilot Birdの5代血統表)にも存在しており、現代競馬に影響を及ぼす血統だ。(↖リンク先の血統表でEclairの存在を確認して欲しい)
エクレアは自身が優秀な競走成績を収め、名種牡馬(カーレッド)を産み、直系として後世に大種牡馬(ブラッシンググルーム、キングカメハメハ)を送り出した。この血の底力は本物と評価して差し支えない。
以上の特徴を踏まえると、種牡馬ヒラリーは
…という事になる。
これらのヒラリーの血統的なバックボーンから、少なくとも「仕上がりの早いスピード血統」をイメージさせる種牡馬なのは確かだ。
だが、ヒラリーはアメリカの小さなステークスレースに複数勝った程度の競走成績に過ぎない。マーケットバリューの低い種牡馬で、地味である。
--ヒラリーを現代の日本競馬に置き換えると、ダイナカールのインブリードを持つ地味なドゥラメンテ系種牡馬…みたいなイメージだろうか。--
このようにパッと見の華やかさを欠くヒラリーという種牡馬を用いて、配合の妙でヒルライズという馬を生産したのがジョージ・A・ポープ・ジュニアの業績という事になる。
エクレアとウォークライの共通点
それではヒルライズの配合の妙を読み解く。
最初に挙げた血統表でピンクで示した2頭、エクレアとウォークライの「血統表を読み」、その特徴をつかむ。
それぞれ4代血統表を見て、共通点を確認してもらいたい。
まず両馬のボトムライン(直牝系)を見れば、エクレアもウォークライもアワラッシー Our Lassie(英オークス馬)の牝系だと言うのはすぐ分かるだろう。
さらにサンドリッジ Sandridge、セントサイモン St. Simon(=全妹アンジェリカ Angelica)も共通しており、エクレアとウォークライは合計3か所共通点がある。
ここでニックスだニアリークロスだと言う気はないが、見方としては牝馬のエクレアの方が「主」、ウォークライが「従」の理想的な関係と私には見える。
これをふまえて、はじめに説明したヒラリーの血統の特徴を思い出して欲しい。
先に示した2枚目の血統表(エクレアの血統表)を確認すれば明らかだが、ブラックレイはエクレアの母だ。
そしてエクレアの血統表で母の部分にフォーカスすれば、もう一つの要素が浮かび上がってくる。
つまりヒルライズはブラックレイの牝馬クロスから(1代空けて)すぐ後ろにアワラッシーの牝馬クロスを持ち、(1代空けて)すぐ後ろにメルトンのクロスを持った構造だ。
ヒルライズの血統内で、クロスがこのような形で詰まっている。
サンタブリジタ Santa Brigita
ヒルライズの血統を読む上で欠かせないポイントはもう一つある。
母レッドカーテンがサンタブリジタ4×5の牝馬クロスを持っている所である。
通常、このような付随的に発生したかのようなクロスは、偶発的で意味がないものがほとんどだが、ジョージ・A・ポープ・ジュニアの配合は手が込んでいる。これも意味がある。
これにより、メルトンを意図的に5本集めている形になる訳だが、ヒルライズの血統において何本という数が問題じゃない。
それより注目すべきは父ヒラリー、母レッドカーペット、4代父ウォークライがそれぞれ持っている血統の最大の特徴が1つにまとめられているというところだと私は考えている。すなわち配合に明確な意図ある。
これを牝馬クロス〜牝馬クロスで連続させ、母内で別の牝馬クロスと連動させているのはもはや単なる偶然ではない。
前回説明したように、牝馬が子を残せる数は、時に種牡馬の1/100。極端に言えば、牝馬クロスは牡馬クロスの100倍の重みがある。
ヒルライズの、少し詳しい血統表
ここまでの説明をベースに、再度ヒルライズの血統表を少し詳しくした形で示す。
注目すべきは茶色に塗ったブラックレイ、アワラッシー、青字にしたサンタブリジタの配置だ。(この後ろにメルトンが控えている)
この3段構えで(カーレッドの母)エクレアを強調して出力を上げ、仕上げに「驚異のまだら馬」ザテトラークのクロス。
このように、名牝エクレアにこだわったクロスの配置・構造がヒルライズという馬の血統の特徴だろう。
この父と、この母でなければ実現しない配合だった事が見えてくる。
ジョージ・A・ポープ・ジュニアはこの配合に相当の自信があったらしく、ヒラリー×レッドカーペットの配合を10回も行っていた事が確認できる。
ある組み合わせを気に入って3回やるという話はまれに聞くが、10回というのを見たのは私は初めてだ。
オーナーブリーダーとしての絶対の確信を窺わせる事実だ。
そしてヒルライズの全弟ヒルラン Hill Runは、フランスに渡りジャンプラ賞-G2を制し通算7勝を挙げ、確信は現実に証明された。
そして1964年ケンタッキーダービー
そんな背景を踏まえてケンタッキーダービーの映像を見ると味わいが全く違う。
映像内でヒルライズは「カリフォルニア・スピードスター」と紹介されている。本当にスピードが魅力の馬だったのだろう。
ケンタッキーから3000km離れたカリフォルニアの地で、ジョージ・A・ポープ・ジュニアはヒルライズという傑物を作り出し、あのノーザンダンサーと真っ向勝負した。
…いやむしろノーザンダンサーの方が大本命ヒルライズに勝負を挑む。それが1964年ケンタッキーダービーにおける真の姿だ。
なにしろ通算8800勝を挙げるシューメーカー騎手が選んだのはヒルライズの方だったからだ。(同騎手はノーザンダンサーに騎乗して前哨戦フロリダダービーに勝利しており、どちらにも乗る権利があった)
そしてレースは映像の通り。ヒルライズとノーザンダンサーは両馬とも、2分0秒フラットの驚異的なレコードタイムで走った。勝ったのはノーザンダンサー。ヒルライズはわずか首差遅れただけだ。
(2分を切るタイムでケンタッキーダービーを勝ったのは歴史上、セクレタリアトとモナーコスだけだ。ヒルライズの走破タイムが猛烈に早い事が分かる)
このレースを見れば明らかなように、西部の男ジョージ・A・ポープ・ジュニアはケンタッキーダービーを2勝していたかもしれない。
あのノーザンダンサーさえいなければ…、いやノーザンダンサー騎乗のハータック騎手にわずかな油断が生じていれば…。
赤い砂塵の舞うカリフォルニアで、決して恵まれていない地理的条件で、個人事業で生産しての実績。まさに歴史的なホースマンと言えるだろう。
そんな異能のホースマンがヒルライズを作った牧場で、もう一つのプランとして着々と育てた血統がやがてサンデーサイレンスとして花開く。
そんな真実のストーリーを、我々はこれまで知らずに過ごしていたのである。