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結婚前夜に想うこと

昔から恋愛に対して、小説やドラマ、映画を見ての憧れはあるけれど、わたしにとっては現実味はないものでした。そんな学生時代を送ってきたわたしにとって、やっぱり結婚も現実味のある話ではなく、単なる憧れでした。

そのせいか、なかなか恋愛に前向きになれず、誰にも打ち明けない想いを抱える片思いばかり。いつの間にか、わたしにとって、恋愛とは”そういうもの”になっていたのです。

高校生になれば、進学すれば、社会人になれば。
そんな先送りのイメージばかりが先行して、なかなか現実味のあるものとしては捉えられない。社会人になって、ある程度、自分に使えるお金ができると、具現化しない恋愛よりも楽しいことがたくさんあって、さらに遠ざかる悪循環。それでも、今しかできないことがある、と思って、結局は見て見ないフリをしていました。

両親は決して仲は悪くはありませんでした。でも、小説や映画に見るような仲睦まじい、という印象はなく、友人の両親が仲が良い話を聞くと、羨ましいなぁ、自分はそうでありたいなぁと思う程度。そのせいか、結婚に対しての印象は、理想ばかりが先行する一方で、現実はこんな感じなんだろうなぁ、となんとなく悟っていました。

だから恋愛も、その前段階だから、結局行き着く先は同じ。目の前にある現実と、一方的に膨らんでいく理想の狭間で、いつの間にか、その時がくれば、なるようになるのかな、なんて思うようになりました。

なるようにならなくなってきた、二十代後半。友人とはじめた婚活をきっかけに、とにかく恋愛をしてみようか、と自分で思いつく限りの行動を始めました。婚活パーティー、合コン、知人の紹介。でも、そんな付け焼き刃みたいな行動は何も実を結ぶことはなく、1年が経とうとしていた頃、父親から連絡が入りました。

「お前に会ってみたいって人がおるけど、どうする?」

昔で言うところのお見合いほど硬くはなくて、知人の紹介ほど軽くはない。でも、会うくらいならいいかな。そう思って「いいよ」と返事をすると、わざわざ県外に住むわたしのところまで会いにきてくれました。最初の連絡は、待ち合わせでの電話。第一印象は「声は好き」でした。

自宅近くの喫茶店風の珈琲店。思いの外、話しやすくてどんどん会話が出てくる。今では内容は覚えてないけれど、他愛もない会話で6時間近くを一緒に過ごしました。別れ際に、また話をしたいな、と思ってLINEを交換しました。

LINEが苦手で、基本的に連絡は会う約束のみ。話をしたり、出かけるのは楽しいけれど、それが今まで思い描いていた理想の「恋愛」の「好き」ではないことは何となく気づいていました。相手も距離を測りかねているのか、なかなかそれ以上の距離は縮まらなくて、断りづらくて無理して合わせてくれているのか、だったら早めに会うのを辞めるべきなのか、とのらりくらりしながら1年が経とうとしていた時、告白をしていただいて、お付き合いすることになりました。でもその時も「恋愛」の「好き」がよく分からないまま、いつかこの気持ちに変化が現れるのかなと疑心暗鬼でした。

相手が年上ということもあり、何か期間を決めて、未来がないのに付き合わせられないよな、なんてことを考えながら、付き合い始めて数ヶ月が経った頃に、キスをして、これが恋に落ちるってことか、と急に腑に落ちました。

それからは今までの恋愛とは明らかに違う「好き」という感情が自覚できました。よく「恋は落ちるもの」と聞いていたけれど、本当にその言葉以外当てはまらないと思えるほど、深みに嵌っていくのが、自分でもよくわかりました。

そんな恋愛初心者みたいな恋をするわたしに、彼は何の違和感もなく自然に隣を歩いてくれました。そんな彼の隣が、とても居心地が良くて、過去の片思いのように飾らなくても良くて、自然と「あぁ、この人と結婚するんだろうな」と思えました。

それでも遠距離恋愛では一抹の不安は拭えないわたしに、彼なりに考えてくれて、付き合い始めて一年の記念日に「一緒に幸せになろう」と言ってくれました。

まだ、彼と出会う前にわたしが一方的に描いていた「理想」や「憧れ」でしかなかった「恋愛」を、彼が具現化しれくれたこと。「家族になる」という、ひとつの形にしてくれたこと。入籍直前に、この人しか有り得なかったと自信を持って言えます。でも、それも全て、彼のおかげだと思います。

まだこれから、生きてきた人生の長さ以上の時を一緒に過ごすことになります。きっと良いことばかりではないだろうし、涙することも、怒ることもたくさんあると思います。

そんな時に、このメモを読み返して、あの日に約束した「一緒に幸せになろう」という彼の言葉を、今度はわたしが具現化できればと思います。

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