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ゆうえん、ちの、怪談。0
ゆうえん、ちの、はなし。
※この作品は噂を元にしたフィクションです※
#放送
川崎市は夕方になると、どこからともなく音楽が流れる。
これは防災無線の定期試験として放送をしている、メロディチャイムというものだ。
ただ、登戸付近ではごくたまにメロデイチャイムに混ざって妙な音声が聞こえるらしい。
「ザザッ……本日、は……ごライエン……ありがとうゴザイ、まシタ……ザザッ……」
かつてこの地で営業していた遊園地。
もしかしたら、廃園になった事にまだ気付いていないのかもしれない。
#観覧車
「――あの遊園地には昔、大きな観覧車があったんだ」
叔父さんは懐かしそうに話し始めた。
当時この辺りには、今ほど高い建物が無かったからな。だからこそ、観覧車からの見晴らしには憧れたものさ。
あの日は家族で遊園地に遊びに来てたんだ。それで兄貴――おまえのお父さんと観覧車に乗ろうって事になった。
観覧車はいつも大人気で、その日も長い行列が出来ていた。俺達はワクワクしながら自分達の番を待っていたんだ。
乗り口にゴンドラが到着すると、係員さんは乗っていた人を降ろして並んでいる人を乗り込ませる。観覧車を待つ列はだんだん短くなり、いよいよ俺達が乗る番。
乗り口に赤いゴンドラがゆっくりと近づいてくる。
だけど係員のおじさんはそのゴンドラを見送った。
兄貴と俺は首を傾げた。だっておかしいだろう?
観覧車は行列が出来るくらいの、遊園地の人気のアトラクションだ。他のゴンドラには一個一個、係員さんが途切れることなくお客さんを乗せている。
なのにその赤いゴンドラにだけ、係員さんは誰も乗せなかった。
空の赤いゴンドラはスーッと乗り口を過ぎる。係員さんは何事も無かったかのように俺達を次のゴンドラに乗せた。
(係員さんはなぜ、あのゴンドラに乗せてくれなかったんだろう?)
最初はもやもやしていたものの、目の下にひろがる遊園地の賑やかな様子や遠くに見える登戸の街並みに俺達は夢中になってね。
しかも、兄貴とわざとゴンドラを揺らしたりと楽しい悪ふざけもしてたものだから、すぐに忘れたんだ。
だけど、俺達の乗ったゴンドラがてっぺんにさしかかった時。
「あれ?」
兄貴が急に声を上げた。
俺達の前の赤いゴンドラに、1人の女の子が乗っていたんだ。
「あんな子、さっきまで乗ってなかったよな?」
小学生くらいに見えるその子は、ゴンドラの中で俺達に背を向けて立っていた。
(この子は一体どこから乗り込んだんだ?)
ゆらゆらと揺れる、女の子の小さな体と黒くて長い髪。目を凝らして詳しく確認しようとすると、女の子の体が激しく動いた。
髪を振り乱し、床を踏み抜かんばかりの勢いで両足で踏み鳴らして踊っている。
それは踊っていると言うよりも、何かを必死に踏み潰そうとしているように見えた。
「なんか……おかしくないか?」
震える兄貴の言葉に、俺も頷いた。
女の子の意味の分からない動きもおかしい。だけど、それよりももっとおかしい事に気付いてしまった。
女の子の乗ったゴンドラは一切揺れていないんだよ。
あんなに激しく動いているのに、揺れもしない。それどころか踏み鳴らす音すらも聞こえない――まるで誰も乗っていないみたいに。
俺達のゴンドラはてっぺんに差し掛かり、赤いゴンドラは見えなくなった。女の子が乗っているゴンドラが、俺達のゴンドラの死角に入ったんだ。
俺達は黙ったまま、息を呑んで再び前のゴンドラが見えるのを待った。
だけど次に見えた時。
赤いゴンドラに女の子は乗っていなかった。
俺達は終点まで空っぽのゴンドラを無言で見続けていた。
地上に到着して、ゴンドラから降りても気になって仕方なかった。
誰も乗っていないまま空に昇る赤いゴンドラ。
兄貴と俺は立ち止まったままじっと眺めていると、係員さんが教えてくれたんだ。
「――ずっと乗ってるんだよ、あの子」
#バニーマン
かつてあった遊園地の思い出を語る際に、ある年代の人々の口からは1匹のウサギの話が出てくる。
そのウサギはカトゥーンアニメのウサギをデフォルメしたような着ぐるみで、たまに子供達の前に現れたそうだ。
パントマイムを披露したり、愉快な動きをしたりと皆を楽しませていたらしい。
その一方、このウサギを怖がる子供達も少なくはなかった。
神出鬼没で妙に馴れ馴れしいウサギがなんとも不気味だったという意見もあり、ウサギの存在は当時の子供達の中では賛否両論だった。
二十数年前に子供だった彼らのウサギの思い出に、当時の大人達は首を傾げる。
この遊園地には開園当時からウサギのマスコットキャラがいなかった。
それどころか、ウサギの着ぐるみを見た大人は誰一人としていなかったからだ。
※2024/02/04 駅前本棚コアキナイにて配布。