はたらくこと。
ーーー彼は言われていることを、ただひたすらに守る。周りの状況がどんなに変わっても、どんなに忙しくても、「規則」は変わらない。文句を言っても地団太を踏んでも仕方がない。何とか適応してその中でやっていく。
どんな仕事も素敵だ。
今も生きている、たくさんの"点灯夫"たちへ。星の王子さまからのメッセージ。ーーー
下の記事の続きです↓
「星の王子さま」より。点灯夫の習慣。
5番目の星は、これまでの星の中でいちばん小さく、またとても不思議な星でした。
そこには、街灯がひとつあって、点灯夫がひとりいるだけでした。
王子さまは、家もなく、住民もない星に、どうして街灯があって、点灯夫がいるのかよく分かりませんでした。いったい、なんのためなのでしょう?
でも、こう思いました。
"この人は頭がおかしいのかもしれない。だけど、<王様>や、<うぬぼれや>や、<ビジネスマン>や、<酔っ払い>よりはよっぽどましだ。だって、その仕事にはちゃんと意味があるもの。街灯がつくのは、星が一つ増えるようなものだし、花が一輪咲くようなものだから。街灯が消えるのは、星や花が眠るようなものかもしれない。街灯を点けるのは、とても素敵な仕事だ。それにとても有用な仕事だ。だって、街灯はすごくきれいなんだもの。"
王子さまは、その人に敬意を込めて挨拶しました。
「ーーおはようございます。どうして街灯を消したんですか?」
「規則なんだ。おはよう。」
「ーー規則って?」
「街灯を消すことが規則なんだよ。こんばんは。」
そう言うと、彼はまた街灯に灯をつけました。
「ーーでも、どうしてまた街灯を点けたんですか?」
「だから、規則なんだってば。」
「ーーよくわからないなあ・・・。」
「規則は、規則なんだ。わかる、わからないの問題じゃあない。おはよう。」
そういって、また街灯を消しました。
それから、赤い格子縞のハンカチで額を拭きました。
「まったく、とんでもない仕事だよ。むかしは、それでもまだよかったけどな。
朝消して、夕方点ければよかったのさ。空いている時間には休めたし、夜は寝ることができた・・・」
「ーーそのときから、規則が変わったの?」
「規則は変わらなかった。それがまさに問題なのさ。星が、年ごとにどんどん早く回り始め、しかも規則は変わらなかったんだ!」
「ーーそれで!?」
「それで、今では、一分間に一度回転するんだ。だから、一秒も休めやしない。一分間に一度ずつ、火をつけたり消したりしなくちゃいけないんだから。」
「ーーほんとに?それはすごいね。だって、この星では、一分が一日だっていうことでしょう?」
「ちっともすごくないよ。二人が話し出してから、もう1か月も経ったんだよ。」
「ーー1か月?」
「そうさ。30分で30日。つまり1か月さ。こんばんは。」
そう言って、彼は街灯を再び点けました。
王子さまは、仕事にこれほど従順なのを見て、この人がとても好きになりました。
(中略)
王子さまは、旅をつづけながら、こう考えました。
"あの人は、きっと、<王様>や、<うぬぼれや>や、<酔っ払い>や、<ビジネスマン>からは馬鹿にされるだろう。だけど、変じゃないのはこの人だけだ。だって、この人だけが、自分以外の人たちのために働いているんだもの。これまで会った人たちは、みんな、自分のことしか考えてなかった。"
それから、ため息を一つ漏らし、さらにこう考えました。
"ボクが友達になれるのは、多分あの人だけだ。だけど、星が小さすぎて、ふたりも住めないからなあ・・・"
実は、王子さまが残念に思っていることは、もう一つありました。それは、その星にいれば、一日に、1440回も夕日がみられると言うことでした。
でも、自分がそう思っているということを、王子さまは認めたくありませんでした。
(サン・テグジュペリ作 浅岡夢二訳 「星の王子さま」Kindle版より引用)
解説 ~点灯夫の悲哀~
どんどん世の中は加速していく。
電車の本数は圧倒的に増え、一日にやるべき仕事の量も断然に増えた。
ただ、「規則」は変わらなかった。一日に数百本の電車が出ていくような駅でも、指さし確認を怠ってはならない。一日に数百人の救急患者が搬送されてくるような病院でも、患者の持っている病気を一切見落としてはならない。
いろんなものが便利になった。それでも、やっぱり社会は人々に楽をさせようとはせずに、相応の物を詰め込んでいきます。
最近では出張の機会も減りました。ビジネス上のやり取りならば直接会う必要はない。社会全体がそのことに気づき始めたようです。
どんどん加速していきます。合理化、効率化の波は止まりません。
それでも、昔と変わらずにやっていかなければならない仕事はわんさかあります。
「規則は変わらなかった。それがまさに問題なのさ。星が、年ごとにどんどん早く回り始め、しかも規則は変わらなかったんだ!」
実際の現場で働く人々は、どんなに忙しくて目が回りそうでも、上から与えられた「規則」を守っていくしかありません。一にも二にも、食べていくために、です。
"点灯夫"も、星が速く回り始めた当初はものすごく大変な思いをしたのでしょう。どんなに文句を言っても、どんなにため息をついても、星の回転が止まるわけでもない。結局、自分ではどうにもできないものの波にのまれて、その中でなんとか適応してやっていくしかない。
そして、さらなる悲劇が彼を襲います。
彼の星には誰もいなくなってしまった、ということです。
仕事をしている人々にとっては、「自分が食べていくため」という根本的な目的に加えて、自分の仕事の成果が他の人々の役に立っているのを見ることが大きなモチベーションになっているに違いありません。
「誰かのためになった!やったぜ!」は笑われるかもしれないけど、それでもやっぱり立派な動機です。役に立つことは意外とうれしいものです。
しかし、この点灯夫の星には誰もいなくなってしまった。もはや彼の点けた灯りの下で、嬉しそうにはしゃぐ子どももいない。彼の灯りを頼りにして、夜買い物に行くおばあちゃんもいない。遠い星にいる誰かには役に立っているのかもしれないが、自分の仕事を喜んでくれる人が誰もいない。
それでも、「規則」は依然として彼を縛り付けている。
"点灯夫"を見て、現代の働く大人たちを思い浮かべてしまうのは私だけでしょうか。自分のやっている仕事が誰の役に立っているのか、何のためになっているのか分からないのに、「規則」だけは縛り付けてくる。そのやるせなさを共有したり、憂さ晴らしをできたりする同僚や仲間にもなかなか会えない。飲み会や会合はすべて禁止され、アルコールで一緒にストレスを洗い流すこともできない。ずっと、一人で、「規則」を守り続ける。どんなに忙しくても、一人で耐えなければならない。
今日も働くたくさんの"点灯夫"たちに、あたたかい拍手を送りたいです。
そして、普段当たり前のように恩恵を受けている道路や、街灯や、コンビニなどの裏でたくさんの"点灯夫"たちが頑張っていることを、いつも心の片隅に置いておきたいものです。
今日もお読みいただきありがとうございます。きっと皆様の一日が素敵なものになりますように。