東京街游女子、砂糖を嘗める
東京の街のど真ん中で探し物をする女の子がいる。だけど探し方がずいぶん奇妙。遠くを見る時に俺たちがよくやるように、目の上に手のひらを当てるのだ。それで、歩道の真ん中で立ち止まって、足をクロスさせてぐるーりと一回転する。これを20m毎に繰り返すのである。
すたすたすた。くるり。すたすたすた。くるり。
都会の女の子とは思えない。どうもユニクロらしい。少なくとも、無地のデニムに無地のセーター、そういうふうに見えた。
すたすたすた。くるり。すたすたすた。くるり。
ファミマから出てきた砂男は彼女を見た途端に、彼女を自分の伴侶にしたいという激しい欲望に駆られた。砂男は、普段は奥手なタイプだったが、ガソリンをぶち撒かれたような凄まじい欲望の燃え上がりに耐え切れず、人生初のナンパを敢行したのであった。
「お姉さん!何してるんですか?」
いけない!やらかした。初対面の相手、しかも若い女の子にいきなり「お姉さん!」とは、「私はナンパ者です。今からあなたをつけ狙いますので、どうぞよろしく申し上げ候。かしこ。」などと大声で宣言しているようなものである。ほとんどの女性が、道ばたで「お姉さん!」なんて声をかけられたら、イヤホンを嵌めひたすら無視を決め込むか、その足で警察に駆け込むかと考えるだろう。
だが、その女の子は違った。
すたすたすた。すたっ。
立ち止まって、砂男の顔をまじまじと眺める。
「お前の目の中に、砂糖の溶けたやつ」
「え?」思わず砂男は聞き返した。
「それも大きくて、くさくて、強いやつ。苦いやつ。」
「マッシュルーム・コーヒーのことですか?」砂男は聞き返した。
「そうれす。」娘は言った。
すたすたすた。くるり。
「でも見つからない。」娘は言った。
「どこにあるの?」と砂男。
「向こうにある。たぶん湖の底。」
すたすたすた。くるり。すたすたすた。くるり。
噓だ、と砂男は思った。
「うちに電球ソーダがあるんだけど、一緒に飲まない?」
「結構れす」
「そういえばさ・・・」と話を続けようとしたけど、はて、何を話せばいいのだろう?砂男は自分がしゃべり過ぎたような気がして、恥ずかしくなった。
「砂男、砂男」
突然娘が言った。
知っている、この娘、俺の名前を知っている。脈アリか?砂男は思った。
「砂男、砂男、羊を探して一千里、穴のあくほどカラス喰う」
すたすたすた。くるり。すたすたすた。くるり。
すうー。
娘はどんどんかけていく。砂男においでおいでをしながら。
「砂男、砂男、瓶の欠片は鬼も食う、いつも独りれ世迷い言」
すたすたすた。くるり。すたすたすた。くるり。
娘は一人でかけてゆく。砂糖の溶けたのはどこだろう?
「砂男、砂男、シロップシロップ美味しいな、気づけばあたりは真っ暗ら」
いつの間にかアスファルトの道が無くなり、黒い地面の上を歩いていた。砂男は自分が今どこにいるのか、誰と何をしているのかも分からず、娘の吊り上がった眉においでおいでをされるがままに、よたよたと歩いていく。湖の底にある砂糖の溶けたやつを探さないといけない。目が覚めたら、顔を洗って、会社に行こう。その時には、満員電車も怖くないだろう。マッシュルーム・コーヒーを持って行って、同僚に振る舞ってあげよう。きっと、喜ばれるだろう。