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厚い欲

熊がいて、ぐわっと口を開け、爪を振り乱して襲い掛かってくる。もはやこれまでか、と思えど、冥土逝きの一撃を感じることはなく、目を開くとなぜか熊はいない。そこには欲があった。

いや、どうやら欲というものはあんまり透明ではないらしい。つまり、熊が欲の奥にいて、欲があまりにも壁のように立ちはだかっているため、熊の姿が見えぬのである。これは困った。欲を押しのけて熊の前にわが身をご披露すれば、あの凶暴な爪牙に顔をやられ、あっという間に死んでしまう。かといってこのまま逃げていいのだろうか。なにか大切なものを置き忘れているような、それとてそれが何かわからぬような非常にもどかしい気分に浸りながら、欲を置いて逃げた。走って。

走って、走って、走って、橋って、橋って、いつのまにか端にいる。舌を覗けば無限の闇、後ろを振り返ればさっきの熊が欲を舐めまわしながら追いかけてくる。たしか熊の速度は時速40km、さあ、我ヨ、イカニセン?と頭をひねって考えたところで、解決策は無し、もはやこれまでと闇に飛び込む。

耳元でごうごうと風が吹いている。ずーっとずっと、落ちていく。こんぺいとう、と口に出してみる。もう遅かった。自分は宮殿にいるらしい。いつのまにかそこには緑の宝石、乙女がヒラメと踊っている。さあて、歓迎にあずかろうと腕まくり、だが自分は気づいた。自分は欲を忘れてきた。

何も感じることなく、何一つ思い煩うことなく、自分は半裸の乙女の肢体を見つつ、鼻にかッと来る液体を飲みながら、ずっとそこに佇んでいた。

ろくでなしめ。


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