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「わかってくれる!!」の持つ魔力

ーーーいかなる強烈な熱情も、たった一言の「共感」には勝てない。

「あの人、私のことをよく分かってる!!」

こんな思い込みにより、コロッといってしまう。

今回は色事の老練家が出てきます。彼が用いる手法は若きウェルテルのような激しい情欲の押しつけなどではありません。もっとクールで、もっと老獪に、ボヴァリー夫人の心の隙に忍び寄る・・・・

「ボヴァリー夫人」より。「共感」の圧倒的な効きめ。ーーーー


「ボヴァリー夫人」より。老練家ロドルフの辣腕。

ロドルフ・ブーランジェ氏は34歳だった。激しい欲情を持っていて、頭は鋭敏で、女の経験はたくさんあって、そのほうでは目利きである。さっきちらりと見たエマという女はなかなか美人だと思った。

そこで、この女のこと、その亭主のことをぼんやりと考え込んでいた。

「亭主はかしこくないな。細君はきっとウンザリしているんだ。あの男は汚い爪をして髭もちゃんとあたってないし。あの先生が患者のところへ往診に回っているあいだ、細君は靴下のつくろいなんかしているんだ。そして、街に住みたい、毎晩ポルカを踊りたい!かわいそうに!!まな板の上で鯉がアップアップして水を恋しがっているようにあの女は恋にあこがれているんだ。二言三言、やさしいことを言ってやればのぼせあがってくるよ、きっと。情が深くて、かわいかろう・・・それはいいが、さてあとで切れるにはどうするか?」

「どこで会うか?どういう方法で?あちらはしょっちゅう子供の世話ってことがある。それに、まだ女中や近所の人間や亭主、うるさい邪魔がいっぱいだ。よそうか。時間つぶしだな。」

「まあ、機会を待つことにしよう。うん、ときどき、こちらからあの家に行こう。猟の獲物や家の鳥なんか手土産にするさ。俺も血を取ってもらうよ、必要とあらば。心安くなって、夫婦をうちへ招待しよう・・・あ、そうだ!もうすぐ農事共進会がある。それにあの女はやってくる。そこで会える。」

で、いよいよその日が来た。

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ロドルフはすぐにエマ夫人のところへ行き、挨拶を交わした。途中でいろんな村の男がエマ夫人のもとへ挨拶をしようと訪れてきたが、当然、ロドルフはそれを嫌がった。そして、彼女を引っ張ってわきの小道のほうへ入って行ったのである。そして、

「じゃまされちゃかないませんよ。それに今日はあなたとご一緒といういいことがあるんだから・・・」

エマは赤くなった。彼は言いかけたことを終わりまで言わなかった。そして、天気のいいことや草の上を歩く楽しさなどを話した。ヒナギクがところどころに生えていた。

「かわいいヒナギクが咲いていますよ」と彼は言った。「これだけあれば村中の恋をしている女に恋占いができる。摘みましょうか?どうです?」

「あなた恋をしていらっしゃいますの?」エマは軽く咳をしながら言った。

「だってさ、そうかもしれないじゃありませんか。」とロドルフは答えた。

彼は見張りの憲兵に顔がきくので、エマを連れてあっというまに集会場からかなり離れた場所までやってきてしまった。

「とにかく、田舎に住んでいると・・・」と彼はつけ加えた。

「なにをしても骨折り損ね。」とエマ。

「そのとおり。ここいらのご連中の一人だって、服のかたちと言ったことさえわかりませんからね。」

そこで二人は田舎の平凡なこと、その平凡さに窒息しそうになる生活、見失われてしまう夢想、などについて語った。

「それだから私も暗い気分に沈んでしまって・・・」ロドルフは言う。

「あなたが!」と彼女は驚いていった。「でもあたし、あなたはずいぶん快活な方だと思っていましたのに。」

「それァ、見かけはね。人前じゃ冗談ばかり言う人間の仮面を私はかぶっていられるからですよ。だけど、月の光を浴びている墓場などを見ますと、あそこに眠っている人たちのそばへ行った方がずっといいじゃないか、何度そういうことを思ったことでしょうか・・・」

「まあ!でもお友達は?あなたにはお友達がいらっしゃるんでしょうに?」

「友だちって、どういう友だちです?私にはそんなものあるでしょうか?誰が私のことなど気にかけてくれますか?」

エマはロドルフの腕をとった。彼はひとりごとのように言葉をつづけた。

「そうだ。わたしにはたくさん足りないものがあった。いつでも一人ぼっちだった。ああ、もし私が人生に一つの目的を持ち、もし一つの愛情に出会えたのだったら、だれかが見いだせたのだったら・・・それこそ、自分のあるだけの力を出し切ってどんなことも乗り越え、なにもかも押しきって進めたんだが。

「でも・・・あたしには、あんたはそんなにお気の毒な人だとは思えませんけど」エマは言った。

「なぜ?だいいち、私の評判はじつに悪いんだから、それこそほんとに。もっとも、世間から見ればそれも当然でしょうよ」とロドルフはつけ加えて言った。

「どうしてですか?」と彼女は言った。

「だって、あなた、絶えず苦しめられている心ってものがあることがお分かりになりませんか?そういう心には、夢と行動、もっとも純粋な情熱ともっともはげしい享楽、それがかわるがわる必要なんです。そこで、いろんな種類の気まぐれ、狂気に飛び込んでいくってわけで」

そのとき、彼女はこの男を不思議な国を通ってきた旅人を見るようにじいっと眺めた。そして、また言った。

「あたしたち女には、そういう気晴らしさえございません。」

「情けない気晴らしですよ。そこに幸福を見出せないなら。」

「幸福なんて見つかるものかしら?」

「見つかりますよ。いつかある日出会えるものですよ。」と彼は答えた。



雑談 ~「共感力」のききめ~

仲良くなるために一番有効なのは、間違いなく「共感」です。

他人の心に入り込むのが上手な人は、相手が何を考えているのか、どんなことで悩んでいるのかをうまく汲み取り、自分も同じことを考えているということをさりげなくアピールしていく。

「ああ、この人は私の数少ない理解者なんだ・・・」

相手がそんなふうに思ってくれれば、こちらの儲けもんです。

ロドルフのすごいところは、いっけん幸福な境遇の中にいるように見えるエマの本心を、ものの一撃で見抜いたことに限るでしょう。

細君はきっとウンザリしているんだ。あの男は汚い爪をして髭もちゃんとあたってないし。あの先生が患者のところへ往診に回っているあいだ、細君は靴下のつくろいなんかしているんだ。そして、街に住みたい、毎晩ポルカを踊りたい!かわいそうに!!まな板の上で鯉がアップアップして水を恋しがっているようにあの女は恋にあこがれているんだ。二言三言、やさしいことを言ってやればのぼせあがってくるよ、きっと。情が深くて、かわいかろう・・・

そこで、殺し文句をどんどん浴びせかけていく。

「そうだ。わたしにはたくさん足りないものがあった。いつでも一人ぼっちだった。ああ、もし私が人生に一つの目的を持ち、もし一つの愛情に出会えたのだったら、だれかが見いだせたのだったら・・・それこそ、自分のあるだけの力を出し切ってどんなことも乗り越え、なにもかも押しきって進めたんだが。」

エマはこの男の言葉の端々に自分自身の心の影を見つけます。そして、彼女の中で、ロドルフは孤独で不幸な女にとっての理解者であり、この上なくいい人であり、見れば見るほど欲情をかきたてるような危険な恋愛の対象ーーーとなってしまうのです。

なんたる老練家!ぜひ見習いたいものです。

恋愛に関しては、いつの時代も自分の気持ちを押し付けるばかりではいっこうに相手は振り向いてくれず、追いかければ追いかけるほど相手は逃げてゆくばかりです。それよりももっと大切なのは、「汲み取る」ことなのではないでしょうか。いや!恋愛に限らず、あらゆる人間関係に言えることです!たとえ相手のことが好きだったとしても、なりふりかまわず自分な感情をぶつけて無理やりにでも相手を引っ張て行こうとするやりかたはスマートではないのです。(僕はそういうの大好きですが。)

どんなに快活に見える人でも、内心では孤独なのです。自分のことを完璧に理解してくれる人間なんているはずがないのに、いてくれたらどんなにか自分は幸せになれることだろう!少しでもいい。少しでも同じことに共感してくれる相手が目の前にいたら・・・私たちは一瞬でその人のことを気に入ってしまうに違いない。

このあたりに、人間の持つなんともいえない寂しさを感じます。いかがでしょうか。


今日もお読みいただきありがとうございます。皆様の一日が素敵なものになりますように。




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