備忘録

その時々に思ったことを書きます。

備忘録

その時々に思ったことを書きます。

最近の記事

『鬼滅の刃』『呪術廻戦』『チェンソーマン』を読んで昨今の流行りを雑に分析した。

 コロナの影響もあり、私生活の変化もあり、最近暇を持て余していたのでジャンプ系で今人気と言われている『鬼滅の刃』『呪術廻戦』『チェンソーマン』を読んだ。ついでに『怪獣8号』も一巻だけ読んだ。  元からジャンプはバトル色が強いので(なんてったって友情・努力・勝利だし)、バトルものであるのは当然で、それぞれがそれぞれで面白かった。  が、何か奇妙な共通点があるような気がした。ので少し分析しようと思う。 共通点の一つ目は、敵が人外であること。二つ目は主人公が敵の能力も使えるが

    • 見えなかったものが見えるとき

      私は夜に歩くのが好きだ。 皆が寝静まった夜の世界は、自身の感覚が研ぎ澄まされ、昼の世界では見えていなかったものが見える気がする。 見えなかったものが見える時は、いつも恐ろしさと弾む心が同居する。 そんな感覚が好きだ。 私たちが普段見えているものは世界の単なる欠片でしかないが、そんなことを思いながら日々を暮らしている人がどれほどいるのだろう。 我々は自分の顔を、声を日常的には知らないで生きている。鏡に映る自分は左右が反転した虚像であり、自身の声は他者の聞こえているそれ

      • 文章の分かり易さ、分かりにくさ

        私の家の近くには、古民家風のこじゃれたカフェーがある(カフェーと記載するのが良いと思われるような、昔の香りを感じさせる場所だ)。そこでイチゴパフェを食べながら、内田樹の『寝ながら学べる構造主義』を読んでいた。 文字通り、この本は「構造主義」と言われる考えかたの入門書である。入門書と言うだけあって、分かり易い言葉で書いてある。 思うのは、最近塾の生徒に解かせた現代文の文章である。「ナンセンス」について書かれていた文章だったが、先生として教えている私の立場から言うのもなんであ

        • 景気が良いのに生活が苦しいのは金と物が余っているかららしい

          本を読むことの醍醐味の一つは、他人の思考を自分の中に取り入れることで頭が良くなった気分になれることだと思う。 最近、佐伯啓思の『経済学の思考法 稀少性の経済から過剰性の経済へ』という本を買って読んだ。 私は、正直経済学はかじった程度しかない。故に多少読み込むのに時間がかかったが、かなり面白い内容だった。少なくとも、今まで自分が漠然と感じていたものを言語化してもらえるという快感を得ることができ、大変満足している。 本書の内容を、本当に端的に分かり易く絞って、あえて誤解を恐

          個の自由と良心の呵責(後編)

          この記事は、前編後編の後編なので、前編を読んでからご覧いただいた方がと分かりやすいと思います。 さて、前編にて、日本は現状稼げないが、より稼ぐことを推奨する流れがあることを説明した。 しかし、これらの資本主義をベースにした価値観は地球環境と他者を「資源」として搾取することも、前述したとおりだ。 大航海時代以降の奴隷制度の話を前半でしたが、これは過去のことして無いものとしてとらえている人も多いと思う。しかしながら、形を変えてこれらのシステムは存続しているのが実態である。

          個の自由と良心の呵責(後編)

          変な人

          坂口恭平さんに『現実脱出論』を読んでいる。まだ読み終わっていない。 初めて読んでみたのだが、感想は「変な人だなー」だった。たぶん読み終わっても変わらないと思う。 なんだろう。生粋の変人ってこういう感じの人を言うのだと思う。いや、坂口さんだけでなく、いわゆる天然ものの変人っていう意味で、こういうタイプ(タイプという言葉で括っていいのか分からないが。大体変人は「変」の方向性が色々なので)いるなーっていう感じだった。 他の人が変人についてどうとらえているかは分からないが、私の

          個の自由と良心の呵責(前編)

           ここ2年ぐらい、わりと真剣に悩んでいることがこれだ。今日日本に住んでいるが、私はずっと良心の呵責に苛まれている。ちょっと思考が煮詰まってきたので、一端整理しようと思う。 現代日本においての2大問題は「経済の低迷」と「環境問題」である。(コロナのパンデミックについては、ちょっと直近過ぎて考察できないので無視) この二つをどうにかしようとして、現状取られている方針が、「経済成長」と「SDGs」(に準ずる方針)である。 まず、経済問題から考察していくと、日本はここ30年ぐら

          個の自由と良心の呵責(前編)

          他人が怖い話

           最近コロナの影響のせいか、店での会計をするときに見慣れない機械を扱うことが増えた。今日も本屋で支払うときに、機械でカードを読み取るのだが、カードの入れる向きが分からなくて手間取った。以前も使った気がするのだが、カードの向きは相変わらず良く分からない。 このところ、外出先で気を張らずに済むようになったと思う。ポカをやらかす回数が増えた気がする。昔は絶対ミスをしなかった。会計の際もたぶん前の人のやっている様子を観察して、レジ前でもう一回確認して、間違えないようにやっていたと思

          他人が怖い話

          誰もが突出しようとしていて疲れる

           世界転移物(転生)(以後「なろう系小説」と呼ぶ)の小説が好きで、よく読んでいる。異世界が題材であるだけあって、設定は現代に沿った物ではなく、小説やゲームの世界を題材に(またはそのまま設定に)しているものが多い。主人公も何らかの特殊能力や知識を有していることが多い。 話は変わるが、本屋のラインナップを見ていると、「特別」「異端」「できる」などのワードが並ぶ一角がある。毎回それを見ると、うへぁと顔をしかめたくなる。 そもそも、異端とか特別とかって「よし、なろう」と思ってなれ

          誰もが突出しようとしていて疲れる

          高校で国語を勉強する意味

          本業の傍ら塾の講師をしているのだが、国語ができない子が結構多い。教えている子どもたちは小から高までいるのだが、個人によって能力のばらつきがかなりあるというのが実感である。 思えば、母国語を中学校までならまだしも高校にもなって勉強するのはなぜなのであろうか。言語の4技能を思えば、大抵中学校までで、ある程度習得済みであると思う。しかしながら、わざわざその後3年かけて国語を学ぶのはなぜなのか。 特に現代文に限って考えてみたいのだが、中学校と高校の教科書で扱う文書がどう変わるのか

          高校で国語を勉強する意味

          シンギュラリティで生きる気力を失わないために

          養老孟司先生の『〇〇の壁』シリーズが好きで、よく読んでいる。 その中で、いくつかの本で書かれているのが、「都会は人間の脳が作り出したもの=意味のある物しかない、山に行くと意味のある物はほとんどない、人間は都会ばかりにいるとどこかおかしくなる」ということである。 どうも最近の我々は、何かしら脳で意味があると判断するものにしか価値を感じられなくなっており、養老先生はそのことを憂いているようであった。 読んだ当初は「たしかに~」としか思わなかったのであるが、最近シンギュラリテ

          シンギュラリティで生きる気力を失わないために

          「労働=他者へのサービス」に馴染めない私

          働くことは「傍(はた=他人)を楽にすること」と誰が言ったのか知らないが、言えて妙であると思う。 「あなたはどうして働くのか」と聞かれたら、多くの人は「生活のため」「お金を稼ぐため」と答えるのではないだろうか。 もちろん、色々な答えがあるだろう。最近では「自己実現のため」という人もいるかもしれない。それでも多くの人は「お金を稼ぐため」に働いているのではないかと思う。 では、このお金とはいったいどんな物なのか。 経済学的に言えば、お金は価値の指標であり、様々な物と交換でき

          「労働=他者へのサービス」に馴染めない私

          ビジネス本が売れる世の中は焦っているのではないか?

          本屋で本のタイトルを眺めるのが私の趣味だ。 新刊コーナーを見たら時事系、社会系の棚を中心に、理系の本や宗教、占い本や音楽や語学辺りを一通りぐるっと回った後に、小説コーナーに赴き、新刊をチェックしたらそのまま漫画本コーナーへ、最後に文具やアクセサリーを物色して終了、というのがいつものパターンである。 たまに趣向を変えて雑誌を物色するが、メイクやファッションとかキラビラしいのがあまり得意ではないので、眺める頻度少ない。車やアウトドアにもあまり興味が無いので基本スルーだ。 そ

          ビジネス本が売れる世の中は焦っているのではないか?