黒猫とさち 星空ブランコとhappy彗星
今日は絶好のレモネード日和
外はうだるような暑さ
「こういう日はレモネードに限るよね♪」
さちは毎夏、大量の蜂蜜レモンを作る
ひと夏に8回くらい
いつもいつも抱えられるだけレモンを買い込み何時間もかけて輪切りにしたレモンに蜂蜜をたっぷりかけてほんの少し生姜を入れる
一日寝かせたら完成
そのまま食べたり料理に使ったりもするけど一推しはレモネード
「う〜ん、美味しい」
ファーマーズマーケットのチラシが目に入った
『本日の特売 レモン
小さく形も悪いのでお買い得価格で提供』
これは買いに行くしかないじゃない
青いりぼんの麦わら帽子を被り
お気に入りの黄色いサンダルを履いて外へ出た
暑っつい !大好きなレモンの為に頑張るぞ
いざ、ファーマーズマーケットへ
目も眩む夏の日差しがポプラの影を色濃くしていた
えっ?影が動いた?
刹那
目の前を黒猫が横切った
振り返った黒猫と目があった
綺麗なラベンダー色の瞳
瞳の色と同じラベンダー色のリボンを首に着けている
ちょっと古風だけど豪華なリボン
どこかの飼い猫だろうな
毛艶も良いし
「にゃおーん」
夜の星空公園に散歩に行かないかい?
猫が喋るはずは無いけれどあの黒猫に違いない
不思議な黒猫と散歩なんて断る理由もない
「いく!」さちは声をだして返事をしていた
「にゃん」
じゃあ、夜に迎えに行くよ
黒猫は陽射しの中、軽やかに走って行ってしまった
ふーふー大汗かきながらさちは大量のレモンとこれまたお買い得だった蜂蜜と共に帰宅した
冷たいレモネードで喉を潤しひと心地つく
さっきの黒猫は何って言ってたっけ
猫が喋るなんて可笑しな話だけどあれはぜったい喋ってた
「38年ぶりにhappy彗星が街の空に現れます」
ラジオから流れてきたニュース
happy彗星と聞くとさちは黒猫のことはすっかり忘れてしまって何時頃、どっちの空に現れるのか慌ててメモをとった
一度見てみたかったんだよね
ふんふん、今夜西の空に現れるのか
夕飯もたらふく食べたし、そろそろ彗星が見える時間
窓から外を眺めている
「にゃん」
さあ一緒に星空散歩へ行こう
薄明かりの道で何かが動いた
昨日の黒猫だ
紫色のリボンを首につけている
一瞬、黒猫が輝いて眩しくて目をつぶってしまった
次に目を開けるとさちは星空にいた
浮いているのではなく星空に立っているのだ
足下にあるのは地面、空だから空面かな?
うん、そう空面を感じる
空って硬いんだ
妙なことに感心している
下を見れば遥か彼方に街の家々の灯りが灯っている
硬いのはここだけで後は空中で落っこちちゃうなんてことあるかもしれない
恐る恐る一歩右足をだす
紫紺の夜空にさちの黄色いサンダルが硬い空面についた
「にゃん」
ようこそ星空散歩へ
大丈夫、落ちたりしないよ
黒猫は笑って言う
さちは頬を膨らませて黒猫に言った
「だって怖いんだもん」
「私はこういうところに慣れてないんだから
」
そう、怒らないで
さあ、こちらへ
月のブランコに乗れるよ
三日月イスの今夜だけの特設ブランコ
乗ってごらん、さち
空の途中からニョキっと綱が垂れて三日月に結んである
私が乗ったら落ちたりしない?
あの綱の先はどうなってるの?
綱の先は企業秘密だけどブランコは丈夫だから落ちたりしないよ
黒猫はそう言うけど疑わしい
さち、君は案外慎重派だね
そう言うとひらりとブランコに乗った
ほら大丈夫だろう?
今度は君の番さ
渋々ブランコに近づき乗ってみると
なんだか途轍もなく楽しい気分になる
あんなに怖かったのに漕ぎ始めたらもっともっとと漕いでいる
空とブランコが並行になったとき
ズゴゴゴと爆音と共に長く尾を引いた黄色く明るい彗星がさちに向かってきた
「こんばんは。あなたと会えるのを楽しみにしてたわ。私が名づけ親ですからね。知ってた?」
そういえば、昔ママが言ってた
パパのプロポーズ
「僕ら2人の子どもにhappy彗星の名前をつけよう」
いくらhappy彗星が好きでもそんなヘンテコな名前つけられるわけないじゃないと思いながらうんって答えたわ
すました顔で教えてくれたっけ
「もちろん知ってる!happyは幸福、だからさち!でしょう?」
とてつもないスピードでさちの横を通り過ぎていくhappy彗星へ届くように大きな大きな声で
さちは答えた
「yes!あなたの一生はずーっとhappy〜また会いましょう」
いっちゃった
気を取り直し三日月イスのブランコを勢いよく漕ぎだした
このまま手を離して飛んだらどこまで飛べるかな?
誘惑に勝てず手を離してしまった
ふわっと体が浮くのを感じてなんだかわくわくする
さち!危ない!
黒猫が青くなっている
黒猫なのに青くなるって可笑しい
呑気に考えてたら
ドスンと硬い床に落ちていた