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七夕
これは、僕が去年の七夕の夜に経験した、不思議なお話。
その日は、おばあちゃんから教わった【寝られないときにするおまじない】を全て試しても、眠気が来なかった。
羊を百匹まで数えたり、わざと口を開けてアクビをしたり、眠気を誘うツボを圧したりしたけれど、ダメだった。
そんなことは初めてだったから、本当に僕は焦った。「このまま寝られずに、僕のせいで夜が明けなかったらどうしよう」という思いが、布団の中から滲み出てきたほどだ。大丈夫、おねしょじゃないよ。
焦り始めてからしばらく経ち、これは僕も意外だったのだけれど、暗闇を見ることが小気味よく感じられた時、どこからか「ケタケタケタ」という笑い声が聞こえたんだ。それは、怖いものというよりは、例えば、初めての幼稚園の発表会で一生懸命に子供たちが鳴らす鈴のような、温かいものだった。
だからってわけじゃないんだけど、僕は普段の深夜は絶対にしないのに、外に出た。
外に出たら笑い声の正体がわかると思ったんだ。
でもね、そこには、昼間とは打って変わって静まり返った野原と、見上げれば、月明かりに星たち、そして天の川があるだけだった。
僕はとりあえず歩いた。
前へ前へ、歩いた。
サッサッサッと草を裸足で踏む感触は、冷たかった。
それに、お母さんに頭を撫でてもらうときのように心が落ち着く風が吹いていた。
その風に吹かれることができるのは、ここしかないのではないかと思って、僕は立ち止まった。
そして、得られる情報のすべてを遮断したいと思うよりも先に、僕は、瞼を閉じていた。
ひょっとすると、僕がそうするのを待っていたのかもしれない。
瞼を閉じて二秒後、僕は、浮いた。
トランポリンで浮く時間よりも少し長く、僕は、浮いた。
どこかに着地したと思ったと同時に、瞼を開けたら、そこは夜空だった。
いつの間にか星たちが、前にも後ろにも広がっていた。
見上げなくとも、広がっていた。
実をいうとそれは、今でも広がっているんだ。とても、綺麗なんだ。
(了)