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クマムシと泥棒と無駄な能力

 天下の大泥棒といわれた石川五右衛門は「浜の真砂は尽きるとも世に泥棒の種は尽きまじ」という辞世の句を残したとされている。しかし、史実上の裏付けは乏しく、実際には後世に創作されたものと考えられているようだ。
 なぜそんなことになったかというと、石川五右衛門に関する史料が少ないうえ、この言葉が悪事を働く者の性質をよく表していて、物語にする場合には魅力的な表現だからだ。これには、後に五右衛門が義賊とされ、歌舞伎や人形浄瑠璃で題材にされたことが関係している。

 それはさておき、五右衛門の〝予言〟どおり、いつまでたっても泥棒は絶えない。直接の泥棒ばかりか、現代ではコンピュータを使った知能的泥棒が激増している。
 偽のウェブサイトに誘導して個人情報やクレジットカード情報を盗むフィッシング詐欺、ウイルスやスパイウェアなどでさまざまな情報を盗むマルウェア感染、ファイルを暗号化して企業活動を妨害し、身代金を要求するランサムウェア攻撃、資金をだまし取る仮想通貨泥棒と、さまざまな姿をした泥棒が跋扈している。

 私はそういう報道に接すると、しばしばクマムシのことを思い出す。現役時代、クマムシについて調べたことがあるが、クマムシはおそるべき生命力というか、無駄と言えるほどの能力を持っている。その凄さがいまだに忘れられず、それが前述のコンピュータを使った犯罪者に結びつくのだ。
 私の珍妙な思考回路を整理すると、まず、コンピュータ犯罪者の頭脳そのものはきわめて優秀だと思っている。次に、そんな優れた能力があるのだからまともなことに使えばいいのに、と思う。そして、悪事なんかに使うのは愚の骨頂であり、無駄な能力だ、まるでクマムシの能力のようだ、となる。

 当時私が調べたデータを使い、クマムシがいかに凄い能力を持っているか紹介しよう。雑談のネタくらいにはなると思うから読んでおいて損はない。
 クマムシは体長が1ミリの2分1から4分の1と小さいが、体のかっこうが胴長のクマのようであることからこの名がついた。

 クマムシは周囲の環境が乾燥すると体内の水分を放出し、自分も乾燥状態となる。そして、頭側と尻側から押し潰されたように縮み、樽を横倒しにしたような形になる。そうなるとタフさが発現する。
 100℃の高温に6時間、マイナス270℃の低温に数時間耐え、真空状態でも30分くらいなら生きられる。放射線には人間の1,000倍も強い。どうやって調べたのか知らないが、乾燥状態で120年間生きた強者もいるという。ヒマラヤの山中や南極大陸、水深4,600メートルの深海などでも見つかっているそうだ。

 ネムリユスリカという昆虫の幼虫もクマムシと同じような能力を持っているそうだが、当時(私が調べたころ)は、こういったメカニズムを解明すれば、食品の新しい保存方法を開発できるのではないかと期待されていたそうだ。おそらく、メリットはその程度にとどまらず、それ以外にもさまざまな方面で利用できる可能性を秘めているに違いない。タフさの秘密を、なんとか探りだしてもらいたいものだ。

 というわけで、私の珍妙な思考回路はクマムシを思い出してしまうのだ。
 ところで、乾燥したクマムシに水分を与えるとちゃんと生き返るそうだ。まるで乾燥ワカメみたいなやつだが、それにしてもクマムシ、いったい何の必要があってこんな凄いタフさを備えているのだろう。地球上にいて、こんな能力は無用の長物だと思うが。




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