〈特別拡大版〉為しても成らず
〔解説〕
励ましや啓蒙などを目的として古くから使われてきた言葉に「為せば成る」がある。やる気になってやれば、どんなことであろうとできないことはないという意味だ。
江戸時代後期の米沢藩主、上杉鷹山が家臣に対して詠んだ和歌、「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」の一部で、鷹山が藩を立て直そうと決意したときのものだ。(注/ここまではパロディーではない)
しかし、パワーハラスメントやモラルハラスメントがさまざまな問題を引き起こしている昨今、一部の団体や〝識者〟を自称する個人から、「現代の教育方針にそぐわない」「人権を軽視している」などの抗議の声があがった。
このようなことから、事態を重視した日本格言制定委員会と日本格言審査委員会が合同で協議した結果、新たに否定の意味を持つ格言を追加することとなった。
それが「為しても成らず」だ。意味は「現実には、やってもだめなこともあるから、あまり深刻に考えることはない」というものである。
〔さらに解説〕
今回は格言を管轄する二つの団体が協議するという、前代未聞の事態となった。理由は単純かつ明快で、両団体の〝目立とう精神〟の現れである。
過去に例のない異常事態となったため、混乱を最小限に抑えることを考慮し、両会長のみの話し合いで決定するという、大きいのか小さいのかよくわからない協議となった。
この〔さらに解説〕では、その話し合い(協議)の記録から要の部分を抜粋してお伝えする。
協議者は、日本格言制定委員会の尾琴場雄介会長と、日本格言審査委員会の根和座いくよ会長の二名。
☆ ☆ ☆
「根和座会長こんにちは。今日はお忙しいなか、ありがとうございます。よろしくお願いします」
「尾琴場会長さんこんにちは。こちらこそよろしくお願いします」
「根和座さんはいつ見てもお若くいらして、あ、これ、セクハラになってしまいますかね。失礼しました」
「そんなことございませんわよ。なんでしたらもっと言っていただいてもけっこうですよ。肌のつやがいいとか、化粧がじょうずとかも全然オッケーですわ」
「いやいやこれはどうも。根和座さんは人物ができていらっしゃる」
「わたくし、褒められるならどんなことを言われても平気です。スタイルがいいとかセクシーだとか」
「もう十分わかりました。では本題にはいりましょうか。前もって文書でお知らせしておりますけれど、ご案内のようにですね、クレームともとれる意見が急増しています。この点、どう受け止めておられるでしょうか」
「はい。わたくしどものほうへもたくさん意見が届いています。たとえば、〝為せば成るなんて大声で言われたら、気の弱い小心者なんか小便をちびりそうだ〟とか、〝成らなかったら誰が責任をとるんだ〟とか、けっこう強烈なものもありますね。〝このところ茄子はちょっと高いんじゃないか〟なんていう筋違いのもあります。尾琴場さんのほうはいかがですか」
「はい。やはりいろいろなのがたくさん来てますねえ。〝おれには為すものがないけど、どうしたらいいんだ〟とか、〝誰か手伝ってくれ〟なんていう、わけがわからないのもあります。なかには〝どこでいたせばいいんだ〟とか〝あまりいろいろ為されたくないんですけど〟とか、何か勘違いじゃないかと思われるものありますよ」
☆ ☆ ☆
「それでですね、事前に、会員のみなさんのご意見を集約していただいたわけですが、根和座さんのほうではどのような結果になりましたでしょうか」
「まあ、基本的には現行のものと逆の意味を持つものを新たに制定すればいいのではないかとの結論に達しました」
「なるほど。具体的にはどのように」
「最終的に残ったのは〝為そうとしても成らず〟です。これと競ったのが〝為せず〟ですが、決選投票で負けました」
「ただ〝為せず〟ですか?」
「そうです。変でしょ?」
「かなり投げやりですね」
「この委員は学生時代に槍投げをしていたんです」
「槍投げ? ジョークじゃなくて?」
「ジョークです」
「あはは、根和座さんは言うこともおもしろいですね」
「言うこともとはどういう意味ですか」
「あ、いや、こっちの話です」
「で、尾琴場さんのほうは」
「あ、ちょっと語気が強まりましたね。いえ、そんなことはないです。候補作は二つで、〝為そうにも為せず〟と〝為したが成らず〟です。もう一つ〝成らず成らずでどうにも成らず〟というのありましたが、方向性が若干異なるので外しました」
☆ ☆ ☆
「いやあ、なかなかどれも捨てがたいですねえ」
「もう二時間になりますよ。尾琴場さん、もうなんでもいいから決めましょうよ」
「こんなに議論しても決まらないなんて、為しても成らずですなあ」
「あ、それ、いいじゃないですか! それにしましょ!」
「え、これでいいんですか? やっぱり為せば成りますなあ」
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