ドラマ「マイダイアリー」第2話レビュー
■「ばんそうこうと心配性」
選挙のために第1話から2週間間が空いての第2話。
予告だけでだいたい内容が分かってしまいそうだが、リアルタイムで見た。
テレビドラマをリアルタイムで見慣れていないので、どうも落ち着かない。
ずっと見ているテレビドラマといえば「相棒」ぐらいだが、こちらはパターンがだいたい分かっているので、録画を時間のある時に見ている。
そして、「ばんそうこうと心配性」というサブタイトルがつけられた第2話だが、第1話と見たときに「微妙」という感想を持ったが、第2話を見終えた感想としては、「微妙」に加えて「奇妙」という印象が残った。
そういう感想を持ちながらも、次回が気になってしまうというのは第1話を見たときから変わらない。
そういえば、有料配信限定の記事ではあったが、そのさわりがネットにあったので読んだ。
番組のプロデューサーの記事で、冒頭だけでもなかなか興味深かった。
番組の企画が始まってからだいぶ時間が経っているようだ。
番組の方向性があり、脚本が兵藤るりということも早い段階で決まったいたようだが、脚本が固まっていく中でキャスティングという話になり、主人公の恩村優希は清原果耶にオーダーを出したが、清原果耶のスケジュールの関係でこの時期の放送になったのだとか。
このドラマの脚本も清原果耶を想定してのあて書きか。
■日常を扱ったドラマの非日常的なセリフ
それはともかく、今回は予想どおり虎之介の回だったが、かなりの「奇妙」な展開。
展開が奇妙だと感じるは、登場人物の行動が奇妙だからなのだろう。
毎日夜10時なると虎之介がアルバイトをしているファミレスに現れて、フライドポテトとドリンクバーを注文する「10時さん」こと美鈴。
珍しく10時に店に現れないと思ったら、店の前でかなり強い雨の中、傘も差さずに雨に打たれて座り込んでいる。
美鈴に恋心を感じていた虎之介でなくとも「大丈夫ですか?」と声をかけるシチュエーションだが、自分としては映画「夜明けのすべて」の美沙のように病気の設定なのかと思ったが、そうでもなかった。
あれだけの雨に打たれて路上に佇み、傘を差して自宅までついてきた虎之介を気に留める様子もなく、聞こえるように「助けて」とつぶやき、虎之介を自宅に上げただけでなく、虎之介を自宅に泊めるなんて、これはもう完全に美人局かと思いきや、そうでもない。
次の日、虎之介が自宅に来た時には、昨日とはすっかり様子が変わって、まるで別人のように、昨日は聞かなかった虎之介の名前を「昨日は予防線張ってたから」みたいなことを言って聞いてくるのは、重度のMPSでほとんど二重人格だった「夜明けのすべて」の美沙のように病気でもなかったら、理由が分からない。
いや、昨日は虎之介を油断させて、次の日虎之介が自宅にくるのを見越しての行動か。
さらによく分からないのは虎之介の方で、美鈴の自宅で寝過ごしてしまい、大事なインターンの面接に遅れ面接を受けられなかったのはいいが、このドラマの登場人物の中で一番まともそうな愛莉にビシッとたしなめられたからといって、わざわざ美鈴の自宅を再び訪れて、わざわざ振られにいくのが、ほぼ理解不能だ。
別にわざわざ行かなくともいいと思うのだが、「10時さん」がまた店に来ないようにそうしたのだろうか。
「日常の中にこそドラマがあると信じて」いる脚本家だが、この一連の行動は非日常的だ。
ドラマチックかといわれれば、それも微妙ではあるが、登場人物にキーとなるセリフを言わせたいためだけの脚本にも思えてきた。
(このシーンでは、美鈴の「社会人になるってね、生きてるふりがうまくなることだよ」というセリフ)
ささくれは痛い。じくじく痛い。
その存在は、他人には気づかれることはほとんどない。
見た目は痛そうに見えないのに、当人としてはかなり痛い。
ましてや血が滲んでいるほどなら相当痛い。
ささくれは、他人には見えない、気づかれにくい「痛み」の暗喩。
他人のささくれに気づいて、それが気になってしまう人は、その痛みを知っていて他人の痛みにも敏感な人なんだろう。
心配性でばんそうこうを持ち歩いていた虎之介が、今度からは「誰かのため」ではなく、「自分の大事な人のため」にばんそうこうを持ち歩くというのは、どういう意味なんだろうか。
虎之介にとって、名前も知らない「10時さん」は「困っている誰か」であって、虎之介の「大事な人」ではなかったということなのだろうか。
「人生のちょっとした先輩」から虎之介に言わせてもらうと、「10時さん」みたいな女はやめておけ。間違いなく地雷だ。
「おかえりモネ」の菅波ではないが、「ありがとう」という言葉は麻薬だ。
虎之介みたいな「やさしい」人は特に、他人に頼られること、必要としてもらうことに依存してしまうと、そこから抜け出せなくなる。
結果的に、虎之介は「間違った方に行かなかった」のでよかったのかな。
■次回はまひるの回の模様
前回予想したように、虎之介の回の後はまひるの回のようだ。
優希が高校の先生になったということにようだが、大学の教育学部ってどちらかというと義務教育の先生になる方が多いと思うのだが、優希は国語の先生にでもなったのだろうか。
服装から就職したと思われるまひるも学校の先生になったのかな。
何となく違うような気もするが、就職してから優希のアパートをまひるが訪れるきっかけは何だったのかが気になる。
第3回目でまひるのトラウマが明かされるのだろう。
そうすると、次々回は愛莉の回か。
そういえば、第1回目の冒頭の広海とのシーンについて、清原果耶が「このドラマの要」と発言していたようだ。
その発言を見て脚本の兵藤るりも「そのとおり」と同意していたので、やはり冒頭のシーンの優希の涙の理由がこのドラマのキーになりそうだが、どうも「ドラマチックな」理由にはなりそうもない。
今回見て確信したのは、優希のキャラクターをしっかりと理解した上で、あの清原果耶の表情とメイクだということ。
第1回目の優希を見て「重い女」と思ったが、第2回目までを見ると「重い女」というよりは、「やさしくありたい」という気持ちが強すぎて、自分の感情に「鈍い女」という印象に変わった。
その表現が、あの表情だとすれば納得がいく。
いまのところ「不器用な」というのとはちょっと違う気もするが、「普通とは何か」がこのドラマのテーマらしいので、「普通」とはちょっと違う優希の表現なのかもしれない。
ともかく「奇妙な」ドラマであるが、次回が気になる。
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