年越しに見る映画③『トラック野郎 爆走一番星』~太宰治論と自分なくしの旅~
(2025文字)
太宰治はとかく論争を生みやすい作家だ。
出自から死に様に至るまで、女性関係、家柄、文壇での振る舞い、交友関係、剽窃問題、犬、越野たけ、井伏鱒二、猪瀬直樹、etc......。それら現実の火種が作品と密接にクロスオーバーしてるもんだから、語りがいという部分では太宰治以上の作家はいないだろうし、だからこそ今でも考察本の類が出版され続けているのだろう。
自分はライター業という生業としているだけに飲み屋なんかでは本や作家論について振られることも少ないのだけど、太宰治の話は特に要注意だ。結局、太宰治を巡ってマウントの取り合いになり酒がマズくなるからである。
さらに言うと、本好きのお客の目の前のグラスを見つめながらしゃあしゃあと「太宰ってのはさ...」なんて語るようなマネはしたくないと思っている。
んなことを考えてた矢先、そういえば、男が異性の前で打つ太宰治論の正解を描いた映画があったことを思い出した。
1975年末に正月映画として公開された、菅原文太主演、鈴木則文監督作の『トラック野郎 爆走一番星』だ。
この作品のなかで文太演じるトラック野郎“一番星”の桃次郎は姫路のドライブインで働いている女子大生・高見沢瑛子(あべ静江)に一目惚れしてしまう。
桃次郎の相棒・やもめのジョナサン(愛川欽也)の自己紹介で出た「津軽」という単語から、この女子大生が太宰治が好きなことを知る桃次郎。そして、
「僕も“ダザイ”がとっても大好きなんです! あれは美味しいですよね」
と勝手に意気投合し、「今度必ず“ダザイ”の詰め合わせを買ってきますから」と約束までしてしまうのだった。
その後、太宰治が作家だということを知った桃次郎はなぜか学生服姿に身を包み、太宰治全集を持参してドライブインに現れる(ちなみに、この全集は鈴木則文監督の私物だという)。
瑛子と再会し、晴れて二人で太宰治論ができるかと思いきや、
瑛子「(桃次郎が読んでいる本を見て)人間失格ね」
桃次郎「え、失格? 瑛子さん、それが返事ですか?」
瑛子「え? 今読んでらっしゃるんでしょ?」
桃次郎「はっ!...これはおもしろいなあ。ハッハハハ」
瑛子「そうかしら?」
桃次郎「えっ。...かわいそうだなあ。ぐす」
万事この調子なのである。
好きな女の気を惹くためなら学生服に身を包み、太宰治全集を脇に抱え、ドライブインで注文するのもいつもの「レバニラ炒め、ご飯大盛り、豚汁」ではなく、「ホットミルク」へとフルモデルチェンジ。
男が惚れた女の趣味に合わせるとはまさにこういう姿をいうのだと思う。
「僕も“ダザイ”がとっても大好きなんです! あれは美味しいですよね」
桃さんのこの言葉ほど異性の前で打つに的を射た太宰治論を筆者は知らない。
思えば、『トラック野郎』シリーズの桃次郎は惚れた女の趣味だけでなく、仕事や生き方に至るまで相手のすべてを許容し、自ら相手に歩み寄っていた。
相手が競走馬の牧場主の娘だと聞けば乗れもしないサラブレッドに跨がり(『望郷一番星』、マドンナ・島田陽子)、相手が剣道三段の腕前と知れば道場破りに出向き(『男一匹桃次郎』、マドンナ・夏目雅子)、イルカの調教師をしてると知れば当然イルカに乗るし(『突撃一番星』、マドンナ・原田美枝子)、相手が歌手なら音大卒と経歴詐称した上で自ら作詞作局変局した「結花に笹げるバーラド」の譜面をプレゼントする(『故郷特急便』、マドンナ・石川さゆり)。
相手の存在に比べれば、自分の趣味だとか考えなんてどうでもいい。『トラック野郎』を見ると、本当に惚れるということはどういうことなのかをいつも教えてもらえる。それはまさしく、“自分なくしの旅(©️みうらじゅん)”なのだ。
以上の理由から、筆者はいつか出会うはずの相手との結婚式はミラコスタで挙げようと思ってる。
さて、10作ある『トラック野郎』シリーズの中でも、今回紹介した第2作『爆走一番星』はシリーズ最高傑作だと思っている。
文太兄ぃと超かわいいあべ静江の太宰治にまつわるやり取り以外にも、バキュームカーを運転する加茂さくらの悲恋、黄土色に彩られたハードコアSka画面の中で立ち回るラビット関根時代の関根勤、出稼ぎ先で職を失い、離れて暮らす子供のもとへお年玉すら届けに行くことができない父親の悲しみ、そして愛川欽也と交通取り締まりに宿年の憎悪を燃やす桃次郎のライバル役“ボルサリーノ2”こと田中邦衛の目の覚めるような名啖呵「市民なんてどこにいる? 金持ちと貧乏人の二通りじゃねえか!」などなど。
今観てもおもしろい、いや、今だからこそ胸に突き刺さる、そんな正月映画だ。
偶然にも、現在Amazonプライムビデオで『トラック野郎』シリーズ全作が配信されているので、prime会員の方はこの年末年始にまとめて鑑賞するのもいいだろう。