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5歳 ガムは取れない
五歳の頃、道路をはさんで斜め前の家に遊びに行かされた。
その家の男の子は私と同い年だが幼稚園は違い、話したことはなかった。
「一人っ子でおとなしくて友達がいないから、うちの子と遊んでほしい」
と直々にそこの家の人から母が頼まれたのだ。
私は一人遊びが好きな子どもだったから、やだな、と思ったが母から頼まれたので仕方なくその家に行った。
「ごめんくださーい」
「あーよく来てくれたね」とそこのお父さん。
お母さんと男の子も出てきたが、男の子は愛想なくさっさと奥へ行ってしまった。
「好きなだけ遊んで行ってね」とそこのお母さん。
ところが、その男の子は誰かを家に呼んだことがないので、私がその子のおもちゃを手に取るとすぐに取り上げるし、そもそも私の好きなお人形さんもない。
遊ぶことがうまくできない。そんなだから私が行くことになったのだけど、つまらない。
その子のお母さんがお菓子を持って二階に上がってきた。
小さなお盆におせんべいとガムが載っていた。
会話もないままおせんべいをバリバリ食べた。
「おもちゃ、何でも貸してあげるのよ」とその子のお母さんは言って下に降りて行った。
その子と私はガムを口に入れて、もぐもぐ噛みながら遊びを再開した。
なんでも貸してあげるのよ、と言われたのに、やっぱり私がさわるのがイヤみたいだった。
私もムキになって取り返す。
「これはダメ!」とその子
「いいでしょ!」と私。
「ダメ!」「いいでしょ!」と言い争いになった。
すると、突然、男の子は口に入っているガムを取り出し、私の頭のてっぺんにグニュと押し付けた。
「やめて!」 と叫んだが、ガムはしっかりと髪の毛にくっついた。
声を聞きつけて、その子のお母さんとお父さんが上がってきた。
「何してるの?・・・あーあ、何てことしたの?・・取れないわ!」
いじればいじるほどべとべとに広がっていく。
・・・・・・・
「・・・髪の毛を切るしかないな・・」とその子のお父さんが言った。
「・・そうね、・・申し訳ないけど・・髪の毛はまた生えてくるから。・・いい?」
私は黙ってうなずくしかなかった。
頭のてっぺんのガムがついているところをジョキッとハサミで切った。てっぺんだから残った短い髪の毛が束になって突っ立っている。
「本当にごめんなさいね・・・」
「髪はまた生えてくるから大丈夫だよ」とそこのおじいさん
私は何にも言わず階段を下りて、家に帰った。母に抱きつきワンワン泣いた。
「もう絶対あの子とは遊ばない!」と強く宣言した。そして本当に二度と遊ばなかった。