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私は絶望慣れしているので大丈夫です

ドーナツが一つしか無かった
私は泣いた
其れは只のドーナツでは無かった

正月、ミスタードーナツの福袋を買った
ポケモン達が描かれた、グッズと「カード」
ドーナツ二十個無料引換券だ
いつ使うべきか?常々思案していた
見ると嘘で無く幸せになった

併し其処に件の感染症問題があり
容易に外を出歩けなくなった
公式発表で使用期限を
六月末まで、後に七月末まで延長するとあり
無駄にせずに済んだと胸を撫で下ろしたものだった

六月末、俄に人々の活動が元に戻り始めた頃
抑圧から解けた祝いに十一個のドーナツを買った
嗚呼、積まれた様を見るも夢の如き食べ物よ!
在宅勤務の続く母と弟と、分け合って食べた
二人は久しくドーナツを食べていなかったようで
驚きと共に食べ切ってしまった

七月末
二週間休みが無く
仕事の内容も心労のかかる物が多かった
そして思い出した、"あと九つ分"となったカードを
私は母にチョコリングがとても好きなのだと云う事を熱弁した上で、三つは買って来て欲しい、と頼んで家を出た

零時近く帰宅すると、机にあのミスタードーナツの優しい、懐かしい紙箱が在って、
私は報われるのを感じた
其の日はドーナツがある事を加味して生きたのだ
何も無い日なら到底やり遂げられない様なーー心が潰れてしまう様な生命の燃やし方で、一日の力を振り絞った

「この為に、この為に頑張ったんだ」

本当にそう口に出して、箱を開けると
チョコリングが一つしか無かった
母はチョコリングを三つ買って、母と弟で一つずつ食べたと言った
あの頼み方で、どうして私に一つで良いと思ったのか、私には理解出来なかった
其の他様々なドーナツが"九つ分"あった訳だが、私のお気に入りは一つしか無かった。

私は呪った。

母をではない。

振り絞って、虐め抜いて、燃やし尽くして最後、
ただ
ドーナツを三つ食べたい
というだけの望みが叶えられない
神に愛されぬ星の元に産まれた自分の運命を呪った

私は生まれからして
今後一生、細やかな喜び一つ
其れだけの価値を神に認められていないが故に
与えられる事無く
叶えられる事無く

ただ泡沫の希望で搾取され続ける

本気でそう思ったのだった。
其れはむしろ確信に近かった。
今迄の我が人生を証明し得る、象徴の様な出来事であった。
人生をこれから生きる理由が無くなった。
ビルの柵外に立ちつつ踏ん張っていた背中に、最後の一押しがあった。
たかがドーナツ、そう思いもするが
思い入れの無い人間には些細だと切り捨てられる物でも、或る人にとっては致命的な最後の一閃になるのだと
誰かの為に書き残して置きたいような気がした



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