見出し画像

【エッセイ】ルービックキューブと父の威厳

 先日、ぼんじゅに(6 歳の息子)に「ルービックキューブ」を買ってくれとねだられた。

 正直、一人息子であるぼんじゅにに僕は甘い。何かを買ってくれとねだられたら、大体は買い与えてしまう。

 このままでは我慢できない子や、我が儘な子に育つのではないかと不安もあるが、おそらく僕自身が育った環境の反動だろう。

 僕は母子家庭に育ったといえど、母親のおかげで何不自由ない暮らしをしてきた。とはいえ、何かと我慢する場面は多く、良く言えば忍耐強い。反面、ストレスを溜めやすい性格をしている。

 もちろん最低限の教育、子育てはしているつもりだが、息子には「伸び伸び育って欲しい」と好き勝手させている。それが功を成すか否か、子育てなんてものは、本人が大きくならないと正解は分からないと思っている。

 そんな中、ルービックキューブをねだられた。理由は明白である。息子は小さい頃からカラフルなものに弱い。中でも緑が好きなのだが、やたらカラフルなものに弱い。反面、これまた良く言えば色彩感覚にも優れている。

 ルービックキューブ……そんなに高価な物ではないし、知育玩具としても良いんではないかと買ってやる事にした。

 ただ、一抹の不安を残して──。

§

 ルービックキューブには様々な種類があるが、定番は3 ×3 のものだろう。6 色、6 面からなる正方形には、合計27個のブロックが組み込まれていて、それを一旦、バラバラのグチャグチャに並べ替え、もう一度、色、面を揃え直すパズルである。面白いことにこの色の配置には世界基準があるらしい。

 ぼんじゅにはルービックキューブの箱を開封するやいなや、すぐにその6 面をグチャグチャにした。


「ちょっと待てぃ!!」


 である。僕の脳内には千鳥の2 人の声が響いた。同時に、さっきの一抹の不安を思い出す。


 「パパ、やって」


 自分でバラバラにしたルービックキューブを揃える事ができない息子は、案の定、すぐに投げ出し、僕にそれを渡してきた。


 いや、全くをもって忍耐力なしの息子じゃ!


 まぁ正直、僕は生まれてこの方、ルービックキューブを完成させた事は無い。41年、もうすぐ42年を生きてきて、たったの一度も無い。それを6 歳の息子ができるはずなんてあるわけがないのだ。


 「ぼんじゅにが寝て、朝起きたら完成させとってな?」


 ……。


 ……。


 ……。


 え?


 こともあろうに息子は、ルービックキューブを完成させるだけでなく、時間制限まで設けてきた。41、2 年できなかったことを一晩でしろと言うのだ。


 いや、全くをもって我が儘な息子じゃ!


§

 はてさて、どうしたものか?

 実はルービックキューブの箱の中には、解読の方法、いわゆる説明書が入っていた。しかし、文章を読めど、読めど、ちんぷんかんぷんである。

 息子からすると、父親は何でもできる存在だと思われている。このままでは父の威厳が保てない。


 「仕方あるまい」


 この41、2 年の間に世界は変わったのだ。インターネットという万能の英知がある。僕はすぐに、「ルービックキューブ 解き方」と検索した。


 出てくるではないか! あらゆる解読法が!


 が、しかし同じように文章を読んでも、これまたちんぷんかんぷんであった。僕はすぐに、「ルービックキューブ 解き方 動画」と検索した。

 そして、出てきた動画の中から、一番簡単そうな謳い文句のサムネイルをクリックした。

§

「キュービスト、高橋です」



 いや、誰やねん(笑)。

 ってか、キュービストって何やねん(笑)。



 思わずツッコミたくなるようなそれからその動画は始まった。どうやらキュービスト高橋さんという人の動画らしい。そして、それは高橋さんが編み出したであろう「NEW高橋メソッド」なる、ルービックキューブの解読法だった。

 ぼんじゅにが目を覚ます朝までに完成させなければならない。僕は、藁にもすがる思いで、高橋一門の扉を開いた。

 動画に映っているのは、高橋さんらしき人物の手とルービックキューブだけだった。そして、高橋さんらしき人物の声。およそ30分の動画は、6 ステップに分かれて、丁寧に解き方を教えてくれていた。

 抑揚の無い物静かなトーンの声で、動画は淡々と進む。どこかで聞いた事のあるような声だ。


「あ!」


 動画の声は、岸部一徳さんに似ている。

 僕がそんなことを思うも、動画は関係なく淡々と進む。淡々と進みすぎて早い。ついていけない。意味が分からない。


「ちょっと待ってくれ、一徳!」


 僕はルービックキューブを片手に、リモコンで動画を一時停止。また再生しては動画と一緒に先を進める。その繰り返し。


「およそ2 時間もあれば理解できますよ。後は2、3 回練習してみて下さい」


 一徳はそのように言う。30分ほどの動画だったが、結果、僕は3 時間かかった。でも、何とか6 色、6 面、ルービックキューブが完成した。 


「何だこれは!?  一徳、これ……凄いではないか!!」


 41、2 年、今まで完成させた事が無かった僕でも、ルービックキューブを完成させる事ができた。正直、ちょっと感動した。いや、だいぶ感動した。41、2 年間できなかったことができるようになったのだ。こんな感動はない。

 もしも、あの時にぼんじゅにがルービックキューブを買ってくれなど言わなかったら、僕はこの感動を味わう事ができなかっただろう。そんな、幸福感や達成感を感じている横で、


「これであなたもキュービストです。おめでとうございます」


 淡々とした声が聞こえた。


「お……おう」


 動画の最後には、一徳が祝福してくれていた。

 確かに息子だけではなく、一徳がいなければこの感動を味わう事ができなかった。そう思えば一徳にも感謝だ。


ありがとう! 一徳!!


 ちなみに動画を繰り返し見たといえど、実際、その解読法で覚える手順はとても簡単なものだったし、花や時計に例えるなど、覚え方も非常に分かりやすく工夫されていた。事実、このエッセイを書いている今の僕は、早ければ5 分ほどでルービックキューブが解けるほどになっている。

 気になったのは、ただただ声が岸辺一徳なだけだった。

§

 翌朝、完成したルービックキューブを、これ見よがしにテーブルの上に置いておいた。

 起きてきたぼんじゅにに、


「それ見てみ?」


 と見せると、息子は、


「すごーい!」


 と言って、目を輝かせていた。

 そして、その後すぐにYouTubeで好きな動画を見始めた。

 僕が忍耐強く3 時間もかけて完成させたルービックキューブは、30秒ほどの息子の感動を経て、テーブルの上に戻された。


 うん、そんなものだ。


 それでも、こうして僕は無事に父の威厳を保つ事ができた。

 そしてそれと同時に、僕は晴れて、


 岸辺ファミリー


 もとい、


 高橋門下生となった。


 キュービスト、ぼんじりの誕生である。


 いや、だからキュービストって何なん?



さくら ぼんじりの作品を見て頂けただけで嬉しいので、サポートは無理なさらずに……お気持ちだけで結構です……。もしもサポート頂いた場合は、感謝の気持ちと共に、これからの活動費、また他の方への応援に使わせて頂きますm(_ _)m