オーディオの話(12)
貧乏人の小物沢山?
オーディオに関する格言に「貧乏人の小物沢山」というのがあるそうですね。そのココロは、オーディオアクセサリーのたぐいは、ある程度経験のある人が最後のたしなみにする程度が望ましく、システムも決まらないうちに、風評だけでアクセサリーをいじっても浪費がかさんで貧乏するだけだ、って。
これは実に耳の痛い言葉です。私の場合、システムはそこそこ決まっているものの、目新しいものを目にし、あるいは風評に流されて、これまで、もう数え切れないほどたくさんの小物アクセサリーを買ってきました。かつて音質向上に向けて暗中模索していた時期がありまして、中には良い物もありましたが、全く効果が分からずガッカリした物や、言うのも恥ずかしいほどオカルト的な物も少なくありません。近ごろになってようやく落ち着いてきましたが、結果、ビンボー。
でもですねー、あえて言い訳させていただくと、そういう冒険というか試行錯誤というか失敗の経験というか、全部ひっくるめて「オーディオ趣味」の楽しさだと思っています。だって、最初から正解が決まりきっていたら面白くないじゃないですか。試さずに悶々としているよりは、たとえ失敗しても試して納得するほうがまし。それに、お金持ちはもっとたくさんのアクセサリーを持っているんじゃないでしょうかしら。
いやいや、よくよく考えると、お金持ちな人ほど余計な物は持っていないといいますね。たとえばテレビなんかでよく見かけるお金持ちの家は、その多くがすっきりした部屋ばかりです。撮影用にアレンジされているとしても、本当に室内の物が少なくてカッコよくてモデルルームみたい。ひょっとしてオーディオにも同じことが言えるのでしょうか。お金持ちのオーディオ・ファンはもともと高価な機器を取り揃えているから、それ以上は何も必要としない?
いやいやいやいや、むしろ反対で、高価で高性能な機器であればなおさらアクセサリーの効用は大きいと思っています。逆に言えば、安物の低性能な機器にどれほど多くのアクセサリーを施したところで高が知れているし、アクセサリー自体も力の発揮のしようがない。高性能な機器であればあるほど、アクササリーの導入やさまざまな工夫によって、ますます良くなる余地が大きいわけです。
まーともかく、やはりオーディオは色々と気を遣わなくてはならないところがたくさんあります。決してシステムを組んだら「はい終わり!」ではありません。適材適所のアクセサリーの導入をはじめとするあれこれの施策を経て、だんだんに音質がアップしていきます。その違いはほんの僅かかもしれませんが、自身の耳で確認できたときの喜びは格別です。そういうのがオーディオ趣味の醍醐味ではないでしょうか。ですので、小物沢山は大いに結構と思っている次第です。