『万葉集』巻第12-2951 ~ 作者未詳歌
訓読
海石榴市(つばいち)の八十(やそ)の衢(ちまた)に立ち平(なら)し結びし紐(ひも)を解(と)かまく惜しも
意味
あの海石榴市の里の道のたくさん交わる辻で、あちこち歩き回り出逢ったあの人が、結んでくれた紐を解くのは、あまりに惜しいことだ。
鑑賞
「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」。「海石榴市」は、奈良県桜井市金屋にあったとされる市場です。古代の市場は樹木との関係が深く、海石榴(つばき)は山茶花(さざんか)のことです。市は、山人がやって来て鎮魂していく所でもあり、その山人が携えてきた杖が、おそらく山茶花の杖だったのでしょう。
また、市は歌垣(かがい)が行われる所でもありました。つまり、ここに集まった男女が、好む相手を見つけて乱交したわけです。できあがったカップルは他国や別の村の男女どうしであり、別れるときに相手が結んでくれた紐は、それぞれの血筋で独特の結び方があって、それを解くのが惜しいという気持ちを歌っています。
「八十の」は、多くの。「衢」は、幾筋もの道が分かれる所。チ(道)マタ(股)の意。「立ち平し」は、平らにし。大勢の男女が地を踏みつけて平らにしたことを言っています。「解かまく」は「解かむ」の名詞形。「惜しも」は、惜しいことよ。