見出し画像

オーディオの話(24)

聴き疲れするステレオ音


 スピーカーは、リスナーと左右のスピーカーで正三角形が描かれるように設置するのが基本かつ最良とされます。それによって臨場感あふれる音像、音場が得られ、気持ちよくのびやかに音楽が鳴り響き、刺激的で心地よい緊張感に浸れる環境を実現してくれるのであります。そして、音そのものが良い条件として、雑音がない(S/N比が影響する)、音にクセや不自然さがない(歪み、周波数特性、ダイナミックレンジ等が影響する)、分解能が高い、などが挙げられ、さらに、音像の定位、距離感、臨場感に優れていることが必要とされます。

 そうした「良い音」の条件をクリアした音を一言でいうなら、要するに「聴き疲れしない音」なのだろうと思料します。しかしながら、どんなに正しい位置で、またどんなに「良い音」で聴いたとしても、オーディオによるステレオ音というのは、全く別の理由から、実は本来的、必然的に「聴き疲れ」しやすいものだと思っています。なぜなら、ステレオ音は、決して自然の音と同じではないからです。そもそもステレオ音なるものは、普通には自然界に存在せず、あくまで人為的に合成されたものであり、それによってリスナーに、ある種の錯覚を生じさせているに過ぎないからです。

 本来、自然の音や楽器の生音などは、一点の音源から発生し、そのまま単純に耳に届きます。モノラル録音も一個のマイクで録音し、単純に一個のスピーカーで再生します。ところがステレオとなると、元々一つの音源から出た音を二つのマイクで録音し、左右の音量の違いやわずかな時間差を生じさせて再生します。私たちの脳に同時に伝わったこれら二つの 音信号は、脳内処理によって臨場感と広がりのある音として認識されますが、本来の音の聴こえ方とは明らかに異なるものです。いわば「幻の音」を脳が都合よく作り出しているのであって、極端な言い方をすれば「幻聴」のようなものです。

 そうした不自然ともいえる音の脳内での処理作業は、時間が経つにつれ次第に疲れを生じ、ひいては不快な気持ちを起こさせてしまいます。悲しいかな、音に敏感で感受性の強い人であればあるほど、またその情報量が多ければ多いほど、はたまた脳の耐久力が衰えてきた人ほど、そのような感覚は如実に生ずるであろうと思われます。 オーディオを愛する人にとって身も蓋もないような話ですが、かといって、ステレオの意義と素晴らしさを否定するつもりなど毛頭ございません。何であれ、ステレオによって刺激的で臨場感あふれる音が得られるのは、間違いのない事実です。

 そして幸いなことに、このステレオ音による「聴き疲れ」を克服する方法がないではありません。それは、正三角形の頂点から外側にズレて聴くことです。こうすると、片側のスピーカーの音をより多く聴くことになるため、音像の定位は崩れてしまいますが、音の立体感が失われることはありません。ややもったいない聴き方ではあるものの、その代わり音の「合成」の度合いはうんと薄まって、脳への負担は軽くなります。脳に負荷をかけないという意味では、あまり集中し過ぎずにボーッと聴く、あるいは何かをしながらの「ナガラ」聴きなんかも悪くないでしょうね。まー、どっちにしても、何だかもったいないんですけどね。
 

いいなと思ったら応援しよう!