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『万葉集』巻第11-2578 ~ 作者未詳歌

訓読

朝寝髪(あさねがみ)われは梳(けづ)らじ愛(うるは)しき君が手枕(たまくら)触れてしものを

意味

朝の寝乱れた髪を梳るまい、愛しいあなたの手枕が触れた髪だから。

鑑賞

 「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」。夫が去って行った朝の女の歌です。「朝寝髪」は、朝の寝乱れ髪。「君が手枕触れて」は、夫の腕を枕にして寝る意。愛しい夫が愛撫してくれたと思うと、自分の体のそれぞれの部分がいとおしく思える女心・・・。『万葉集』ではめずらしく直接的な性愛表現の歌です。当時の女性は一般的に髪を長く伸ばしており、夜寝る時は髪を解き、昼間は結い上げたようです。結い上げる前に、朝、寝乱れた髪を櫛梳るのです。「触れてし」の「てし」は、過去完了。

 窪田空穂はこの歌を、「夫の名残りを惜しむ心を、朝々の習いとしている朝寝髪を梳ることに集中させているもので、美しい歌である」と評し、作家の田辺聖子は、「『朝寝髪』という言葉、男性は知らず、女性がよむと、毒気に中(あ)てられたように、その言葉だけでまず、もうたくさん、あとは読みたくない・・・と拒否したいところであるのに、終わりまで続けると、その毒がかえって何とも、『いとおしい』色気に転じている。男と女は古代から千何百年、こうして愛し合ってきたんだなあ、と思われる。愛は続いたけれど、しかし、それを声高く歌えたのは『万葉集』が最初で最後だったのではないか」と述べています。

相聞歌の表現方法

 『万葉集』における相聞歌の表現方法にはある程度の違いがあり、便宜的に3種類の分類がなされています。すなわち「正述心緒」「譬喩歌」「寄物陳思」の3種類の別で、このほかに男女の問と答の一対からなる「問答歌」があります。

正述心緒
「正(ただ)に心緒(おもひ)を述ぶる」、つまり何かに喩えたり託したりせず、直接に恋心を表白する方法。詩の六義(りくぎ)のうち、賦に相当します。

譬喩歌
物のみの表現に終始して、主題である恋心を背後に隠す方法。平安時代以後この分類名がみられなくなったのは、譬喩的表現が一般化したためとされます。

寄物陳思
「物に寄せて思ひを陳(の)ぶる」、すなわち「正述心緒」と「譬喩歌」の中間にあって、物に託しながら恋の思いを訴える形の歌。

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